後軍校尉
冒頭
後軍校尉(ごぐんこうい)とは、漢代の軍制で「校尉」という武官職のうち、軍の編成区分である後軍を管掌する将校を指す呼称です。吉川英治『三国志』では、洛陽の政変前後に、左軍校尉などと並んで朝廷側の武官として登場し、後軍校尉に鮑信が任じられている形で示されます 。
概要
「校尉」は、一定数の兵を率いる指揮官として広く用いられる官名で、作中でも曹操が「典軍の校尉」として発言する場面や 、諸将が論功で「校尉に叙せられ」る叙任の枠として描かれます 。そのうえで「後軍校尉」は、同じ校尉のなかでも軍の配置・系統を後軍に属するものとして区別する言い方です。
意味
後軍とは、戦陣や行軍における後方の部隊をいい、前軍・中軍などと対になる区分です。したがって後軍校尉は、後軍に属する兵の統率、後衛の警戒や秩序維持などを担う立場として理解されます。作中では、帝の還幸に際して「左軍校尉」「後軍校尉」などがそれぞれ兵を率いて参集している描写があり、首都近辺での軍事的職掌を帯びた武官層として位置づけられています 。
関連人物
史実との違い