公孫康

冒頭
公孫康(こうそんこう)とは、後漢末に遼東を支配した地方勢力の長で、作中では遼東太守として、袁煕袁尚兄弟の処置をめぐる判断と、曹操への対応によって名が現れる人物です。
 
生涯
袁紹の子である袁煕袁尚が各地を転々とした末、遼東へ身を寄せると、公孫康は「扶けるか、殺すか」を迷い、一族からは袁家への怨恨と将来の禍根を理由に「扶ける必要はない」との意見が出ます。 曹操軍が遼東へ進攻しない状況を見定めたうえで、袁兄弟を酒宴に招き入れ、席次の不備に不満を示した二人に対し、首を送る意図を告げて殺害します。 その後、袁兄弟の首を塩漬にして曹操陣営へ正式に献上し、曹操はこれを郭嘉の遺策どおりとして受け取ります。 曹操は返礼として、公孫康に襄平侯・左将軍の印を与えています。
 
人物像
大勢力に正面から抗するのでなく、相手の動静を探って好機を待ち、脅威の種となる客将を排除して自立を保つ現実的な統治者として描かれます。
 
関係人物
袁煕袁尚とは庇護者として迎え入れつつも最終的に処断する関係に転じます。 曹操とは、遼東侵攻の口実を消す形で利害が一致し、献首と叙爵で結びつきます。 郭嘉の遺書により、曹操側では「動かずして首級が至る」という見通しが語られています。
 
有名なエピソード
袁兄弟を酒宴に招いたうえで、「今から汝ら二つの首は、万里の遠くへ旅立つ」と告げ、殺害して首を送る一連が公孫康の中心的事件です。
 
有名なセリフ
「今から汝ら二つの首は、万里の遠くへ旅立つのに、なんで温き席がいろうや」
 
史実との違い
吉川三国志では袁兄弟の献首を軸に遼東の政治判断が強調されるが、史実・演義でも袁煕袁尚を斬って曹操に首を送った点は概ね共通します。
「公孫康」の基本情報
総登場回数
7回
活動期間
1巻にわたって登場
初回登場
孔明の巻
最終登場
孔明の巻
最も活躍した巻
孔明の巻 (7回登場)
「公孫康」登場回数
合計: 7回
0 1 3 5 7 0 桃園の巻 0 群星の巻 0 草莽の巻 0 臣道の巻 7 孔明の巻 0 赤壁の巻 0 望蜀の巻 0 図南の巻 0 出師の巻 0 五丈原の巻
最終更新日: 約5時間前