桐宮
冒頭
桐宮(とうきゅう)とは、殷王朝で君主が政務から遠ざけられたと伝えられる宮殿名で、君主の廃立や更生をめぐる故事に結びつく地名です。
概要
桐宮は、殷の君主太甲が無道であったため、伊尹がこれを一定期間退けた場所として語られます。君主の権威を否定する簒奪ではなく、名分を掲げて統治の是正を図る行為の典拠として扱われ、後世、権臣が天子や王の処遇を論じる場面で引かれることがありました。
歴史
故事の骨子は、王権の交替や拘束が、正統性や礼法の枠内で語られうることを示す点にあります。桐宮はその象徴として、君主が徳を失った場合の「退けて省みさせる」処置を表す固有名として機能し、王朝政治の危機局面を説明する際の参照点となりました。
関連人物
伊尹は殷の重臣として太甲を桐宮に退けた人物、太甲はその対象となった君主です。吉川英治『三国志』では、盧植が董卓に対し、天子の廃立をめぐる議論が簒奪の疑いを招くことを戒めるため、伊尹と桐宮の故事を引き合いに出します。
史実との違い
吉川三国志での扱いと史実や演義との違いとしては、桐宮は三国時代の実在地名というより古代の政治故事の典拠として引用される点に重点があります。