辛毘
冒頭
生涯
袁譚が曹操に降服を申し入れる局面で「平原の令」として使者に立ち、曹操の陣中に留め置かれつつ、冀北情勢を分析して鄴城急襲を進言します 。鄴城攻めでは、城内に人質として置かれていた妻子一族が審配に殺される一方、辛毘は審配の甥・審栄へ矢文を送り内応を取り付け、西門開城へ導きます 。魏成立後は侍中・諫議大夫として朝廷におり、曹丕の対呉強硬策を諫止し 、張郃戦死の際には過度の悲嘆を戒めて国威の立て直しを説きます 。また対蜀戦線へ勅使として派遣され、司馬懿軍に「堅守自重」を命じる役にも就きます 。
人物像
弁舌と情勢判断で重用され、曹操の凝視を受けても虚言のない態度を崩さず、河北の内情と攻略手順を具体的に述べて採用させます 。一方で、魏の朝廷では軍事的激情を抑え、国力・政局を踏まえた抑制的判断を進める諫官として描かれます 。
血縁
関係人物
有名なエピソード
鄴城包囲の陣前で、袁尚が捨てた印綬・旗幟などを掲げて降伏を呼びかけたところ、審配が人質の辛毘の妻子一族を殺して首を投げ返し、辛毘が悶絶する事件が起きます 。その後、辛毘は審栄への矢文で内応を取り付け、西門を内側から開かせて落城へ結びつけます 。
有名なセリフ
「城中の人々よ、無益な抗戦はやめて、はやく降伏し給え」と陣前で呼びかけます 。
史実との違い
辛毘が袁氏から曹操へ転じて魏の重臣となる大筋は共通しつつ、妻子一族の扱いと陣前での応酬、内応成立までの細部は、史実・演義に比べて情景と因果が整理されて示されます 。
「辛毘」の基本情報
総登場回数
25回
活動期間
4巻にわたって登場
初回登場
草莽の巻
最終登場
五丈原の巻
最も活躍した巻
孔明の巻
(16回登場)