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淮南軍

冒頭 淮南軍(わいなんぐん)とは、淮南を根拠地とした袁術の配下兵力、および袁術政権の軍勢を指す呼称です。吉川英治『三国志』では、淮南の中心都市・寿春に拠って自立した袁術の軍事力として扱われます。 概要 淮南は淮河流域...

用語
約1ヶ月 ago
淮南兵

冒頭 淮南兵(わいなんへい)とは、淮南を根拠地とする勢力が動員した軍勢、または淮南方面から出動してくる兵の総称です。 概要 吉川英治『三国志』では、淮南は袁術が拠って自立的にふるまう地域として扱われ、袁術は情勢次第で...

用語
約1ヶ月 ago
陳闌

冒頭 陳闌(ちんらん)とは、淮南の袁術政権に属した武将で、袁術の配下として軍議に列し、のちに袁術を見限って離反した人物です。 生涯 袁術が勢力を拡大していた時期、陳闌は雷薄らと並ぶ「歴々」の将として名を連ね、孫策から...

人物
約1ヶ月 ago
雷薄

冒頭 雷薄(らいはく)とは、淮南を根拠とした袁術の配下として登場する武将で、袁術政権の動揺と瓦解の過程に関わる人物です。 生涯 袁術が孫策から伝国の玉璽返還を迫られた際、雷薄は紀霊・橋甤・陳闌らと並ぶ「歴々」の将とし...

人物
約1ヶ月 ago
橋甤

冒頭 橋甤(きょうずい)とは、淮南を根拠とした袁術配下の武将で、袁術政権の諸将の一人として軍議に列し、対外戦の前線を担った人物です。 生涯 袁術が孫策から伝国の玉璽返還を求められた際、橋甤は紀霊・雷薄・陳闌らとともに...

人物
約1ヶ月 ago
長勲

冒頭 長勲(ちょうくん)とは、淮南の群雄・袁術の配下に列する将で、作中では軍議の場で「都督 長勲」として名が挙がる人物です。 生涯 袁術が孫策から伝国の玉璽返還を求められた際、袁術の幕下の将として会議に列し、紀霊・橋...

人物
約1ヶ月 ago
朱治

冒頭 朱治(しゅち)とは、孫堅の旧臣として孫策・孫権の時代まで江東政権を支えた家臣で、字は君理(くんり)です。孫策が失地回復の志に沈む場で近侍として言葉を掛け、のち江東経営の要職にも就きます。 生涯 孫堅配下の一人と...

人物
約1ヶ月 ago
伏牛山

冒頭 伏牛山(ふくぎゅうさん)とは、淮南方面と南陽方面を隔てる山地として作中に現れ、軍の進路や勢力圏の輪郭を示す地理的な目印になる山脈です。 概要 作中では、袁術の根拠地である寿春城から見渡せる淮南一帯を眼下にし、淮...

地名
約1ヶ月 ago
陸康

冒頭 陸康(りくこう)とは、揚州の要地・盧江を治めていた豪族出身の太守として知られ、作中では孫策が袁術配下として軍功を立てる際の討伐対象として言及される人物です。 生涯 作中での登場は多くなく、孫策が淮南で袁術に客将...

人物
約1ヶ月 ago
袁一門

冒頭 袁一門(えんいちもん)とは、後漢末の政界・軍事界で大きな勢力と威望を持った袁氏一族を指す総称です。作中では、名門としての家格と門閥的な結束が、諸侯間の力関係や人心の帰趨に影響する要素として扱われます。 概要 袁...

用語
約1ヶ月 ago
袁閥

冒頭 袁閥(えんばつ)とは、後漢末の名門・袁氏一族が形成した門閥勢力、およびその政治的基盤を指す呼称です。吉川英治『三国志』では、袁術・袁紹を中心とする「袁一門」の大勢力として語られ、なかでも袁紹が「袁閥の長者」として位置づけ...

用語
約1ヶ月 ago
寿春城

冒頭 寿春城(しゅしゅんじょう)とは、淮南(わいなん)地方に置かれた城郭都市で、吉川英治『三国志』では袁術(えんじゅつ)が根拠とする州府としてしばしば語られる城です。 概要 作中で寿春城は、袁術が勢力を集めて「八門を...

地名
約1ヶ月 ago
臨淮郡

冒頭 臨淮郡(りんわいぐん)とは、淮河流域に置かれた郡(地方行政区画)の一つです。 概要 吉川英治『三国志』では、袁術が徐州方面へ大軍を向けた際、南下してきた劉備軍と、袁術軍の大将・紀霊が衝突した地点として示されます...

地名
約1ヶ月 ago
袁一族

冒頭 袁一族(えんいちぞく)とは、後漢末に強い勢力と門閥的威信をもって各地に割拠した袁氏の一門で、河北の袁紹と淮南の袁術を中心に、子弟や部将を含む大勢力として描かれる家門です。 概要 作中では、袁術は南陽にあって勢力...

用語
約1ヶ月 ago
呂虔

冒頭 呂虔(りょけん)とは、曹操の陣営に属する将で、戦場では弓矢の働きや部隊指揮、また軍議での進言を通じて登場する人物です。兗州方面の戦いで、敵将薛蘭を一箭で射落とし、曹操軍の攻勢を助けたことが語られます。 生涯 曹...

人物
約1ヶ月 ago
公路

冒頭 公路(こうろ)とは袁術(えんじゅつ)の字(あざな)です。袁紹(えんしょう)と同族の名門袁氏に属し、諸侯連合では「南陽の太守」袁術として筆頭格に名を連ねます。 生涯 吉川三国志では、袁術は河南・南陽に拠って勢力を...

人物
約1ヶ月 ago
袁術公路

袁術(えんじゅつ)公路(こうろ)とは 後漢末の群雄の一人。字(あざな)は公路。名門・汝南袁氏の出身で、袁紹の異母弟にあたる。 生涯 宦官や外戚が権力をふるう宮廷の混乱の中で頭角を現し、初めは後漢王朝の将軍として各地で...

人名
8ヶ月 ago
陳大夫

一  酒宴のうちに、曹操は、陳登の人間を量り、陳登は、曹操の心をさぐっていた。  陳登は、曹操にささやいた。 「呂布は元来、豺狼のような性質で、武勇こそ立ち優っていますが、真実の提携はできない人物です。――こういったら丞相は...

本文 草莽の巻 三国志
8ヶ月 ago
健啖天下一

一  黄河をわたり、河北の野遠く、袁紹の使いは、曹操から莫大な兵糧軍需品を、蜿蜒数百頭の馬輛に積載して帰って行った。  やがて、曹操の返書も、使者の手から、袁紹の手にとどいた。  袁紹のよろこび方は絶大なものだった。それも道...

本文 草莽の巻 三国志
8ヶ月 ago
偽帝の末路

一  かねて董承に一味して、義盟に名をつらねていた西涼の太守馬騰も、玄徳が都を脱出してしまったので、 「前途はなお遼遠――」  と見たか、本国に胡族の襲来があればと触れて、にわかに、西涼へさして帰った。  時しも建安四年...

臣道の巻 本文 三国志
8ヶ月 ago
仲秋荒天

一 「袁術先生、予のてがみを読んで、どんな顔をしたろう」  淮南の使いを追い返したあとで、孫策はひとりおかしがっていた。  しかし、また一方、 「かならず怒り立って、攻め襲うて来るにちがいない」  とも思われたので、...

本文 草莽の巻 三国志
8ヶ月 ago
平和主義者

一  江南江東八十一州は、今や、時代の人、孫策の治めるところとなった。兵は強く、地味は肥沃、文化は溌剌と清新を呈してきて、  小覇王孫郎  の位置は、確固たるものになった。  諸将を分けて、各地の要害を守らせる一方、ひろ...

本文 草莽の巻 三国志
8ヶ月 ago
兇門脱出

一  幾日かをおいて、玄徳は、きょうは先日の青梅の招きのお礼に相府へ参る、車のしたくをせよと命じた。  関羽、張飛は口をそろえて、 「曹操の心根には、なにがひそんでいるか知れたものではない。才長けた奸雄の兇門へは、こっちから...

臣道の巻 本文 三国志
8ヶ月 ago
于吉仙人

一  呉の国家は、ここ数年のあいだに実に目ざましい躍進をとげていた。  浙江一帯の沿海を持つばかりでなく、揚子江の流域と河口を扼し、気温は高く天産は豊饒で、いわゆる南方系の文化と北方系の文化との飽和によって、宛然たる呉国色をここ...

孔明の巻 本文 三国志
8ヶ月 ago
一書十万兵

一  その後、玄徳は徐州の城へはいったが、彼の志とは異っていた。しかし事の成行き上、また四囲の情勢も、彼に従来のようなあいまいな態度や卑屈はもうゆるさなくなってきたのである。  玄徳の性格は、無理がきらいであった。何事にも無理な...

臣道の巻 本文 三国志
8ヶ月 ago