伏牛山
冒頭
概要
歴史
関連人物
史実との違い
「彼は、大江の※魚だ」と、人々に嘱目されていた。 その孫策は、ことし二十一。――暇あれば、武技を練り、山野に狩猟して、心身を鍛えていたが、その日も、わずかな従者をつれて、伏牛山に一日を狩り暮し、 。「ああ、くたびれた」と、中腹の岩に腰かけて、荘厳なる落日の紅雲をながめていた。 袁術の州府寿春城から淮南一帯の町々や部落は、目の下に指される。
行軍は、五月から六月にかかった。六月、まさに大暑である。 わけて河南の伏牛山脈をこえる山路の難行はひと通りでない。 大列のすぎる後、汗は地をぬらし、草はほこりをかぶり、山道の岩砂は焼け切って、一滴の水だに見あたらない。兵は多く仆れた。