冒頭 諸侯(しょこう)とは、天子の下に爵位や封土を与えられた諸国の君主・領主の総称で、後漢末の文脈では州牧・刺史・太守などの地方官が軍事力を背景に自立し、各地で割拠する有力者を広く指す呼び名です。黄巾の乱以後、地方の長が逃散・...
冒頭 十七鎮(じゅうしちちん)とは、董卓打倒を名目に関東の諸侯が挙兵した際、連合軍を第一鎮から第十七鎮までの軍勢単位に区分して数えた呼称です。袁紹・曹操らが本営に集まり、戦況挽回の軍議を行う場面でも「十七鎮の諸侯」として一括し...
冒頭 十八鎮(じゅうはっちん)とは、董卓討伐を掲げて各地の諸侯が陳留を中心に集合し、軍を「第一鎮」以下の部隊単位に分けて布陣した連合軍の呼称です。会合した勢力は「諸侯十八ヵ国」とも数えられ、陣地が長く連なる大軍として描かれます...
冒頭 虎牢関の戦い(ころうかんのたたかい)とは、董卓が洛陽の南方にある要害虎牢関を拠点に諸侯連合軍の進撃を阻み、先鋒の呂布が関外で迎え撃った一連の会戦です。虎牢関は洛陽から南へ五十余里の天険で、ここに大軍を置けば諸侯は通路を失...
冒頭 反董卓連合(はんとうたくれんごう)とは、後漢末、董卓が朝廷の実権を握って洛陽を支配したことに対し、関東側の諸侯が「董卓討伐」を名目に結成した連合軍です。吉川英治『三国志』では、陳留を中心に「十八ヵ国」の諸国が呼応し、袁紹...
袁遺(えんい)とは 吉川英治の三国志に登場する袁氏一族の一人で、反董卓連合の諸侯として名が挙がる人物。虎牢関の戦いでは、王匡・鮑信・喬瑁・孔融・張楊・陶謙・公孫瓚らと並ぶ一軍の主として参陣している。 生涯(活躍の要点) 反董...
喬瑁(きょうぼう)とは 後漢末の人物で、冀州刺史を務めた。董卓の横暴に対抗するため、反董卓連合に加わった群雄の一人。 生涯 喬瑁は冀州の刺史として勢力を持ち、董卓が朝廷を牛耳るとこれに反発。袁紹を盟主とした十八路諸侯...
一 洛陽の余燼も、ようやく熄んだ。 帝と皇弟の車駕も、かくて無事に宮門へ還幸になった。 何太后は、帝を迎えると、 「おお」 と、共に相擁したまま、しばらくは嗚咽にむせんでいた。 そして太后はすぐ、 ...
一 ――一方。 洛陽の焦土に残った諸侯たちの動静はどうかというに。 ここはまだ濛々と余燼のけむりに満ちている。 七日七夜も焼けつづけたが、なお大地は冷めなかった。 諸侯の兵は、思い思いに陣取って消火に努めて...
一 さて。――日も経て。 曹操はようやく父のいる郷土まで行き着いた。 そこは河南の陳留(開封の東南)と呼ぶ地方である。沃土は広く豊饒であった。南方の文化は北部の重厚とちがって進取的であり、人は敏活で機智の眼がするどく働...
一 ――華雄討たれたり ――華雄軍崩れたり 敗報の早馬は、洛陽をおどろかせた。李粛は、仰天して、董相国に急を告げた。董卓も、色を失っていた。 「味方は、どう崩れたのだ」 「汜水関に逃げ帰っています」 「関を...