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呉氏

冒頭 呉氏(ごし)とは、三国志世界で女性をその出身氏族名で呼ぶ際の表現で、呉(ご)の氏族に属する女性を「呉氏」と記す呼称です。作中では固有名というより、夫人・王妃などの地位と結びついて用いられます。 概要 中国の伝統...

人物
約1ヶ月 ago
都府

冒頭 都府(とふ)とは、国家や一地方の政治の中心となる都と、そこに置かれた官府官衙や官僚機構をあわせて指す語です。 概要 語の用法は大きく二つに分かれ、第一に「中央の都と朝廷」を意味します。たとえば魏の領域拡大を背景...

用語
約1ヶ月 ago
簡雍

冒頭 簡雍(かんよう)とは、劉備玄徳に近侍して外交・説得の役を担う人物です。各勢力の間で使者として立ち回り、相手の心理を読みつつ主君の意図を通す働きが描かれます。 生涯 冀州で袁紹配下にいる玄徳が動きを封じられた際、...

人物
約1ヶ月 ago
向寵

冒頭 向寵(しょうちょう)とは、蜀漢に仕え、宮中の禁軍にあたる御林軍を統率した武将です。諸葛亮が北伐で成都を留守にするに際し、御林軍の司として「近衛大将」に任じられ、後主劉禅の身辺警護と宮城の守備を託された人物として描かれます...

人物
約1ヶ月 ago
蒋琬

冒頭 蒋琬(しょうえん)とは、蜀漢に仕えた文官で、諸葛亮の幕僚として内政と軍政の双方に関与し、諸葛亮没後の政務を担う後継者として位置づけられる人物です。諸葛亮が戦局の責任を負って自ら官位を下げる意向を奏上した際、その上表を成都...

人物
約1ヶ月 ago
鍾会

冒頭 鍾会(しょうかい)とは、三国時代末期の魏に仕え、司馬氏政権下で軍事・政務の両面に関与した官僚・将軍です。 生涯 名門の家柄に生まれ、文章と政務能力で頭角を現し、司馬師・司馬昭の政権を支える中枢に列しました。のち...

人物
約1ヶ月 ago
劉備玄徳

劉備玄徳(りゅうび げんとく)とは 劉備玄徳は、三国志の主要人物の一人であり、蜀漢の建国者で初代皇帝(昭烈帝)となった人物である。字は玄徳。後漢の宗室の末裔を自称し、仁義を重んじた姿勢から「仁君」として広く知られる。吉川英治『...

人名
8ヶ月 ago
Side Bar

桃園の巻黄巾賊流行る童歌白芙蓉張飛卒桑の家橋畔風談童学草舎三花一瓶義盟転戦檻車秋風陣十常侍打風乱柳岳南の佳人故園乱兆舞刀飛首蛍の彷徨い呂布赤兎馬春園走獣白面郎「曹操」# 群星の巻偽忠狼心競う南風江東の虎関羽一杯の酒虎牢関洛陽落日賦生死...

8ヶ月 ago
蜀人・張松

一  近年、漢中(陝西省・漢中)の土民のあいだを、一種の道教が風靡していた。  五斗米教。  仮にこう称んでおこう。その宗教へ入るには、信徒になるしるしとして、米五斗を持てゆくことが掟になっているからである。 「わしの家...

本文 望蜀の巻 三国志
8ヶ月 ago
落鳳坡

一 「あら、なつかしの文字」  玄徳は、孔明の書簡をひらくと、まずその墨の香、文字の姿に、眸を吸われてから、読み入った。  龐統はその側にいた。  側に人のいるのも忘れて、玄徳は繰り返し繰り返し、孔明の書簡に心をとられて...

本文 三国志 遠南の巻
8ヶ月 ago
天血の如し

一  さきに街亭の責めを負うて、孔明は丞相の職を朝廷に返していた。今度、成都からの詔書は、その儀について、ふたたび旧の丞相の任に復すべしという、彼への恩命にほかならなかった。 「国事いまだ成らず、また以後、大した功もないのに、何...

五丈原の巻 本文 三国志
8ヶ月 ago
孔明を呼ぶ

一  蜀を破ったこと疾風迅雷だったが、退くこともまた電馳奔来の迅さであった。で、勝ち驕っている呉の大将たちは、陸遜に向って、 「せっかく白帝城へ近づきながら石の擬兵や乱石の八陣を見て、急に退いてしまったのは、一体いかなるわけです...

出師の巻 本文 三国志
8ヶ月 ago
臨江亭会談

一  蜀の玄徳は、一日、やや狼狽の色を、眉にたたえながら、孔明を呼んで云った。 「先生の兄上が、蜀へ来たそうではないか」 「昨夜、客館に着いたそうです」 「まだ会わんのか」 「兄にせよ、呉の国使として参ったもの。孔明...

本文 三国志 遠南の巻
8ヶ月 ago
木門道

一  永安城の李厳は、増産や運輸の任に当って、もっぱら戦争の後方経営に努め、いわゆる軍需相ともいうべき要職にある蜀の大官だった。  今その李厳から来た書簡を見ると、次のようなことが急告してある。 近ゴロ聞ク東呉、人ヲシテ洛陽ニ...

五丈原の巻 本文 三国志
8ヶ月 ago
秋風五丈原

一  魏の兵が大勢して仔馬のごとく草原に寝ころんでいた。  一年中で一番季節のよい涼秋八月の夜を楽しんでいるのだった。  そのうちに一人の兵が不意に、あっといった。 「やっ。何だろう?」  また、ひとりが指さし、その...

五丈原の巻 本文 三国志
8ヶ月 ago
南蛮行

一  壮図むなしく曹丕が引き揚げてから数日の後、淮河一帯をながめると縹渺として見渡すかぎりのものは、焼け野原となった両岸の芦萱と、燃え沈んだ巨船や小艇の残骸と、そして油ぎった水面になお限りなく漂っている魏兵の死骸だけであった。 ...

出師の巻 本文 三国志
8ヶ月 ago
鴻門の会に非ず

一  建安十六年冬十二月。ようやくにして玄徳は蜀へ入った。国境にかかると、 「主人の命によって、これまでお迎えに出た者です」  と、道のかたわらに四千余騎が出迎えていた。将の名を問えば、 「孟達です」  と、ことば短...

本文 望蜀の巻 三国志
8ヶ月 ago
蜀また倣う

一  曹丕が大魏皇帝の位についたと伝え聞いて、蜀の成都にあって玄徳は、 「何たることだ!」と、悲憤して、日夜、世の逆しまを痛恨していた。  都を逐われた献帝は、その翌年、地方で薨去せられたという沙汰も聞えた。玄徳はさらに嘆き...

出師の巻 本文 三国志
8ヶ月 ago
孔明・三擒三放の事

一  孟獲は山城に帰ると、諸洞の蛮将を呼び集めて、 「きょうも孔明に会って来た。あいつは俺が縛られて行っても、俺を殺すことができないのだ。なぜかといえば、俺は不死身だからな。奴らの刃を咬み折り、奴らの陣所を蹴破って帰るぐらいな芸...

出師の巻 本文 三国志
8ヶ月 ago
蜀山遠し

一  閑話休題――  千七百年前の支那にも今日の中国が見られ、現代の中国にも三国時代の支那がしばしば眺められる。  戦乱は古今を通じて、支那歴史をつらぬく黄河の流れであり長江の波濤である。何の宿命かこの国の大陸には数千年のあ...

出師の巻 本文 三国志
8ヶ月 ago
金雁橋

一  孔明が荊州を立つときに出した七月十日附の返簡の飛脚は、やがて玄徳の手にとどいた。 「おう、水陸二手にわかれ、即刻、蜀へ急ぐべしとある。――待ち遠しや、孔明、張飛のここにいたるは何日」  涪城に籠って、玄徳は、行く雲にも...

本文 三国志 遠南の巻
8ヶ月 ago
出師の表

一  馬謖は云った。 「なぜか、司馬懿仲達という者は、あの才略を抱いて、久しく魏に仕えながら、魏では重く用いられていません。彼が曹操に侍いて、その図書寮に勤めていたのは、弱冠二十歳前後のことだと聞いています。曹操、曹丕、曹叡、三...

出師の巻 本文 三国志
8ヶ月 ago
司馬仲達計らる

一  蜀の諸葛亮孔明と、魏の司馬懿仲達とが、堂々と正面切って対峙するの壮観を展開したのは、実にこの建興七年四月の、祁山夏の陣をもって最初とする。  それまでの戦いでは仲達はもっぱら洛陽にあって陣頭に立たなかったといってよい。序戦...

五丈原の巻 本文 三国志
8ヶ月 ago
魏延と黄忠

一  玄徳、涪城を取って、これに拠る。――と聞えわたるや、蜀中は鳴動した。  とりわけ成都の混乱と、太守劉璋の愕きかたといったらない。 「料らざりき、今日、かくの如きことあらんとは」  と、痛嘆する一部の側臣を尻目にかけ...

本文 三国志 遠南の巻
8ヶ月 ago
月落つ麦城

一  進まんか、前に荊州の呉軍がある。退かんか、後には魏の大軍がみちている。  眇々、敗軍の落ちてゆく野には、ただ悲風のみ腸を断つ。 「大将軍。試みに、呂蒙へお手紙を送ってみたら如何ですか。かつて呂蒙が陸口にいた時分は、よく...

出師の巻 本文 三国志
8ヶ月 ago