Search Results

New Word
御霊廟

冒頭 御霊廟(みたまや)とは、尊崇される人物、とくに皇帝などの「御霊」を祀るための廟(霊廟)です。吉川英治『三国志』では、後漢の光武帝の御霊廟を指す語として用いられます。 概要 「廟」は祖先や功臣・神格化された存在を...

用語
約1ヶ月 ago
神亭

冒頭 神亭(しんてい)とは、江東で孫策と劉繇が対陣した際に要地となる山域一帯の地名で、作中では「神亭山」「神亭の嶺」とも記され、後漢の光武帝の御霊廟がある場所として扱われます。 概要 劉繇は神亭山の南に司令部を進め、...

地名
約1ヶ月 ago
神亭山

冒頭 神亭山(しんていざん)とは、江東方面にある山で、周囲の水陸交通と江南・江北の見晴らしに関わる地勢として描かれる場所です。 概要 作中では、山の中腹に後漢の光武帝の御霊廟が残り、頂上より下った地点から鄱陽湖と揚子...

地名
約1ヶ月 ago
武徳皇帝

冒頭 武徳皇帝(ぶとくこうてい)とは、魏の建国後に曹操へ贈られた皇帝としての追号の一つで、曹丕が献帝から禅譲を受けて魏帝となった後、故曹操を「太祖武徳皇帝」と諡した称号を指します。 概要 中国の皇帝・王侯には、死後に...

用語
約1ヶ月 ago
太祖

冒頭 太祖(たいそ)とは、王朝を創始した君主に贈られる廟号の一つで、後世の祭祀や史書の記述で「祖」として位置づける称号です。吉川英治『三国志』では、魏の創業者として曹操を指す呼称として現れます。たとえば王朗が孔明との論戦で「わが太...

用語
約1ヶ月 ago
大魏

冒頭 大魏(たいぎ)とは、曹丕が後漢の献帝から禅譲を受けて皇帝に即いたのち、「以後国名を大魏と号す」と宣して立てた国家の呼称です。 概要 大魏は、曹操が魏王として築いた政権基盤を継承し、曹丕が皇帝号を得たことで国家と...

用語
約1ヶ月 ago
王濬

冒頭 王濬(おうしゅん)とは、西晋の将で、長江水軍を率いて呉を滅ぼす作戦の主力となった人物です。 生涯 魏から晋へ政権が移る過程で官歴を重ね、晋の武帝(司馬炎)の全国統一事業に参与しました。晋が呉を討つ「伐呉」に際し...

人物
約1ヶ月 ago
羊祜

冒頭 羊祜(ようこ)とは、三国時代ののちに魏を継いで成立した西晋に仕え、呉との国境方面を統轄して対呉政策を主導した人物です。武将であると同時に、辺境統治と外交的工作を通じて戦争の条件を整えることを得意とした官僚的統帥としても知...

人物
約1ヶ月 ago
光武帝

冒頭 光武帝(こうぶてい)とは、後漢を創始し、乱世を収拾して天下統一を成し遂げた皇帝です。吉川英治『三国志』では、後漢王朝が成立してから約二百年を経て宮中の腐敗と崩壊の兆しが見える、という時代背景を示すためにその名が引かれます...

人物
約1ヶ月 ago
渤海

渤海(ぼっかい)とは 中国北方の地名で、黄海の北西部に広がる海域の名。後漢から三国志期にかけては「渤海郡」として行政区画の名称にも用いられた。現在の河北省東部・天津市周辺にあたる。 土地の歴史 渤海郡は前漢の武帝のと...

地名 三国志
8ヶ月 ago
弘農

弘農(こうのう)とは 後漢から三国志期にかけて存在した地名で、現在の中国・河南省西部(三門峡市一帯)にあたる。黄河中流域に位置し、交通と軍事の要地であった。 土地の歴史 弘農郡は前漢の武帝の時代に設置され、函谷関に近...

地名 三国志
8ヶ月 ago
前漢

前漢(ぜんかん)とは 紀元前202年に劉邦(高祖)が建国した漢王朝の前期で、都を長安に置いたため「西漢」とも呼ばれる。紀元前8年に王莽が「新」を建てるまで続いた。 歴史 ・劉邦(高祖)が楚漢戦争に勝利し皇帝に即位、中...

用語 三国志
8ヶ月 ago
漢朝

漢朝(かんちょう)とは 紀元前202年に劉邦(高祖)が建てた王朝で、中国史における最も重要な時代のひとつ。前漢(西漢)と後漢(東漢)の二期に分かれ、約400年にわたり続いた。 歴史 ・前漢(西漢):劉邦が楚漢戦争に勝...

用語 三国志
8ヶ月 ago
曹操孟徳

曹操孟徳(そうそう もうとく)とは 曹操は後漢末から三国時代初期にかけて活躍した群雄で、魏の基礎を築いた人物である。字は孟徳(もうとく)。その才能と多面性から「治世の能臣、乱世の奸雄」と評される。 魏王(ぎおう)とは ...

人名
8ヶ月 ago
流行る童歌

一  驢は、北へ向いて歩いた。  鞍上の馬元義は、ときどき南を振り向いて、 「奴らはまだ追いついてこないがどうしたのだろう」と、つぶやいた。  彼の半月槍をかついで、驢の後からついてゆく手下の甘洪は、 「どこかで道を...

本文 桃園の巻 三国志
8ヶ月 ago
神亭廟

一  牛渚(安徽省)は揚子江に接して後ろには山岳を負い、長江の鉄門といわれる要害の地だった。 「――孫堅の子孫策が、南下して攻めて来る!」  と、聞え渡ると、劉繇は評議をひらいて、さっそく牛渚の砦へ、兵糧何十万石を送りつけ、...

本文 草莽の巻 三国志
8ヶ月 ago
好敵手

一 「違わぬ違わぬ」  孫策は、振向きもしない。  供の諸将は、怪しんで、 「味方の陣地は、北の道を降りるのですが」と、重ねていうと、 「だから南へ降りるのだ。ここまで来て、空しく北へ降りるのは遺憾千万ではないか。…...

本文 草莽の巻 三国志
8ヶ月 ago
匈奴

匈奴(きょうど)とは、中国の北方に広がった広大な草原地帯に暮らした、遊牧民族の呼び名である。紀元前3世紀から4世紀ごろにかけて活動が顕著で、特に中国の前漢時代には強大な部族連合国家を築き、中華王朝にとって長く脅威となった。匈奴の支配領...

一般 三国志
8ヶ月 ago
出師の表

一  馬謖は云った。 「なぜか、司馬懿仲達という者は、あの才略を抱いて、久しく魏に仕えながら、魏では重く用いられていません。彼が曹操に侍いて、その図書寮に勤めていたのは、弱冠二十歳前後のことだと聞いています。曹操、曹丕、曹叡、三...

出師の巻 本文 三国志
8ヶ月 ago
武帝

武帝(ぶてい)とは、中国の歴代王朝で一般的に用いられた諡号や尊称ですが、三国志の文脈で「武帝」と記す場合、もっとも有名なのは曹操(そうそう)を指します。曹操は魏を建国した曹丕(曹操の子)から「武帝」の諡号を贈られました。したがって、三...

三国志 人名
8ヶ月 ago
祁山の野

一  蜀軍の武威は大いに振った。行くところ敵なきその形容はまさに、原書三国志の記述に髣髴たるものがうかがわれる。 ――蜀ノ建興五年冬、孔明スデニ天水、南安、安定ノ三郡ヲ攻取リ、ソノ威、遠近ヲ靡カセ、大軍スデニ祁山ニ出デ、渭水ノ西ニ...

五丈原の巻 本文 三国志
8ヶ月 ago
後漢

後漢(ごかん)とは 後漢とは、中国の歴史上、紀元25年から220年まで存在した王朝で、漢王朝の中でも「後期」に当たる政権です。前の「前漢(紀元前206年〜8年)」に対してこのように呼ばれます。 【歴史と成立】 ・創始者:劉秀(り...

地名 三国志
8ヶ月 ago