冒頭 帝都長安(ていとちょうあん)とは、中国後漢末から三国時代にかけて、関中に置かれた長安を皇帝の都として呼ぶ言い方です。董卓が洛陽を離れて遷都を断行した結果、長安は朝廷の所在となりました。 概要 長安は関中の要地で...
冒頭 郿塢山(びうざん)とは、長安から百余里の郊外にある「郿塢(びう)」一帯を指して呼ばれる地名で、董卓が別荘兼の堅城として大規模に築城し、兵糧・財宝・後宮を集積した拠点です。 概要 吉川三国志では郿塢は「山紫水明の地」とさ...
冒頭 郿塢城(びうじょう)とは、後漢末に董卓が長安から百余里の郿塢に築いた大城郭で、政権の中枢である長安とは別に、一族の居所と退避拠点、ならびに財貨と兵糧の集積地として構想された城です。 概要 吉川英治『三国志』では...
冒頭 御林軍(ぎょりんぐん)とは、皇帝の居所である禁中や宮城の門を警備し、非常時には宮廷内の実力部隊として動員される近衛兵のことです。作中では「御林軍(近衛兵)」として明記され、袁紹が五千を率いて禁門を固めた例が示されます ...
冒頭 内裏(だいり)とは、皇帝が政務や居住を行う宮城の中枢部で、外朝に対する内廷にあたる区域です。吉川英治『三国志』では、洛陽の王城にある禁中として描かれ、政変の現場となります。 概要 内裏は、天子の身辺と直結するた...
冒頭 洛陽王府(らくようおうふ)とは、後漢の都洛陽に置かれた皇帝の宮城と、その周辺の王城中枢を指す呼称です。作中では、禁門や内裏へ通じる政治・軍事の要地として扱われ、都の権力が直接はたらく場をまとめていう語感で用いられます。 ...
冒頭 洛陽城(らくようじょう)とは、後漢王朝の都洛陽を中心とする宮城・官衙・城門街を含む城郭都市で、三国志世界における中央権力の象徴となる場所です。 概要 洛陽は「王城の府」として人口・物資・文化が集積し、宮城を軸に...
冒頭 戒厳令(かいげんれい)とは、戦乱や非常事態に際して、軍事力を背景に都市や要地の出入口を封鎖し、通行や活動を強く制限して治安と統制を維持するための臨時の命令です。 概要 平時の行政的な取り締まりでは制御できない混...
冒頭 王城(おうじょう)とは、王者すなわち天子が居し、政権の中枢がおかれる都城を指す語です。吉川英治『三国志』では、洛陽が「王城の府」として描写され、禁門や百官の往来を伴う漢朝の中心都市として位置づけられます 。 概要 ...
一 遷都以後、日を経るに従って、長安の都は、おいおいに王城街の繁華を呈し、秩序も大いにあらたまって来た。 董卓の豪勢なることは、ここへ遷ってからも、相変らずだった。 彼は、天子を擁して、天子の後見をもって任じ、位は諸大...
一 驢は、北へ向いて歩いた。 鞍上の馬元義は、ときどき南を振り向いて、 「奴らはまだ追いついてこないがどうしたのだろう」と、つぶやいた。 彼の半月槍をかついで、驢の後からついてゆく手下の甘洪は、 「どこかで道を...
一 潁川の地へ行きついてみると、そこにはすでに官軍の一部隊しか残っていなかった。大将軍の朱雋も皇甫嵩も、賊軍を追いせばめて、遠く河南の曲陽や宛城方面へ移駐しているとのことであった。 「さしも旺だった黄巾賊の勢力も、洛陽の派遣軍...
一 義はあっても、官爵はない。勇はあっても、官旗を持たない。そのために玄徳の軍は、どこまでも、私兵としか扱われなかった。 (よく戦ってくれた)と、恩賞の沙汰か、ねぎらいの言葉でもあるかと思いのほか、休むいとまもなく、(ここはも...
天颷 一 董太師、郿塢へ還る。――と聞えたので、長安の大道は、拝跪する市民と、それを送る朝野の貴人で埋まっていた。 呂布は、家にあったが、 「はてな?」 窓を排して、街の空をながめていた。 「今日は、日も吉い...
一 「呉の孫堅が討たれた」 耳から耳へ。 やがて長安(陝西省・西安)の都へその報は旋風のように聞えてきた。 董卓は、手を打って、 「わが病の一つは、これで除かれたというものだ。彼の嫡男孫策はまだ幼年だし……」 ...
天颷 一 董太師、郿塢へ還る。――と聞えたので、長安の大道は、拝跪する市民と、それを送る朝野の貴人で埋まっていた。 呂布は、家にあったが、 「はてな?」 窓を排して、街の空をながめていた。 「今日は、日も吉い...
一 呉の国家は、ここ数年のあいだに実に目ざましい躍進をとげていた。 浙江一帯の沿海を持つばかりでなく、揚子江の流域と河口を扼し、気温は高く天産は豊饒で、いわゆる南方系の文化と北方系の文化との飽和によって、宛然たる呉国色をここ...
一 洛陽の余燼も、ようやく熄んだ。 帝と皇弟の車駕も、かくて無事に宮門へ還幸になった。 何太后は、帝を迎えると、 「おお」 と、共に相擁したまま、しばらくは嗚咽にむせんでいた。 そして太后はすぐ、 ...
一 このとき丞相府には、荊州方面から重大な情報が入っていた。 「荊州の玄徳は、いよいよ蜀に攻め入りそうです。目下、彼の地では活溌な準備が公然と行われている」 曹操はかく聞いて胸をいためた。もし玄徳が蜀に入ったら、淵の龍が...
一 張飛と関羽のふたりは、殿軍となって、二千余騎を県城の外にまとめ、 「この地を去る思い出に」 とばかり、呂布の兵を踏みやぶり、その部将の魏続、宋憲などに手痛い打撃を与えて、 「これで幾らか胸がすいた」と、先へ落ちて...
一 海を行くような蒼さ暗さ、また果てない深林と沢道をたどるうちに、忽然、天空から虹の如き陽がこぼれた。ひろやかな山ふところの谷である。おお、万安渓はここに違いないと、孔明は馬をおりて、隠士の家を探させた。 「あれです。あの山荘...
一 河北の広大をあわせ、遼東や遼西からも貢ぎせられ、王城の府許都の街は、年々の殷賑に拍車をかけて、名実ともに今や中央の府たる偉観と規模の大を具備してきた。 いわゆる華の都である。人目高いその都門へ、赤裸同然な態たらくで逃げ帰...
一 時は、中平六年の夏だった。 洛陽宮のうちに、霊帝は重い病にかかられた。 帝は病の篤きを知られたか、 「何進をよべ」 と、病褥から仰せ出された。 大将軍何進は、すぐ参内した。何進はもと牛や豚を屠殺して...
一 「劉氏。もし、劉氏ではありませんか」 誰か呼びかける人があった。 その日、劉玄徳は、朱雋の官邸を訪ねることがあって、王城内の禁門の辺りを歩いていた。 振向いてみると、それは郎中張均であった。張均は今、参内すると...