郿塢城

冒頭
郿塢城(びうじょう)とは、後漢末に董卓長安から百余里の郿塢に築いた大城郭で、政権の中枢である長安とは別に、一族の居所と退避拠点、ならびに財貨と兵糧の集積地として構想された城です。
 
概要
吉川英治三国志』では、董卓が「王城をもしのぐ大築城」を営み、百門の内に殿舎楼台を連ね、二十年分の兵糧を貯え、天下の重宝を集めた場所として語られます。 また、十五歳から二十歳ほどの美女八百余人を後宮に入れたとされ、董卓長安へ出仕する際も一族をここに置いたと描かれます。
 
歴史
董卓は事が成れば天下を取り、成らねば郿塢城で老後を送るという趣旨の言葉を公言し、城を政争の最終拠点として位置づけます。
董卓が誅殺されたのち、王允は「郿塢の城には董卓の一族と大軍がいる」として掃討を図り、呂布李粛皇甫嵩らの軍が郿塢へ向かいます。 城では留守を守っていた将が動揺して退き、討手が入城すると、董卓一族の大規模な誅殺と財物の開封が行われ、黄金・白銀などの大量の蓄財があったとされます。
 
関連人物
董卓は築城者であり、郿塢城を一族と資財の拠点として運用します。 王允董卓死後の掃討を主導し、呂布は討手の先鋒として入城する人物として位置づけられます。
 
史実との違い
吉川英治三国志』では兵糧年限や蓄財・収容人数などが大きく示され(例として二十年の兵糧、美女八百余人、黄金・白銀の数量など)、史実や他の物語系統の伝え方とは数値や強調点が異なる場合があります。
「郿塢城」登場回数
合計: 7回
0 1 3 5 7 0 桃園の巻 7 群星の巻 0 草莽の巻 0 臣道の巻 0 孔明の巻 0 赤壁の巻 0 望蜀の巻 0 図南の巻 0 出師の巻 0 五丈原の巻
最終更新日: 約2時間前