冒頭 趙岐(ちょうき)とは、後漢末の朝廷に属した高官で、乱世のなかで勅使として諸勢力の調停にあたった人物です。 生涯 後漢王朝の官人として政務に携わり、董卓が実権を握る長安の朝廷から、太傅の馬日磾と並んで勅使に選ばれ...
冒頭 馬日磾(ばじってい)とは、後漢朝廷の高官である太傅として、董卓政権の意を受け、関東の諸勢力に詔命を伝える勅使となった人物です。 生涯 作中では、袁紹と公孫瓚が盤河を挟んで対陣し、朝廷の威光が届かなくなりつつある...
冒頭 厳綱(げんこう)とは、公孫瓚(こうそんさん)の配下として袁紹軍と対する戦いに出る将で、盤河橋の戦いで先鋒を任された人物です。 生涯 公孫瓚が袁紹と大河を挟んで対陣した際、厳綱は「帥」の字を金線で縫った紅旗を立て...
冒頭 麹義(きくぎ)とは、袁紹配下の将で、対公孫瓚戦において先陣を担い、弓兵を主力とする備えを指揮した人物です。袁紹は麹義を「屈強の射手千余騎」の大将として射陣を布かせ、顔良・文醜を両翼に配して会戦に臨みます。 生涯 ...
冒頭 白馬陣(はくばじん)とは、公孫瓚が白馬をそろえた騎馬隊を中核にして布いた陣立ての呼び名です。北国産の白馬二千頭を並べて陣勢を張り、その名が天下に知られていたとされます。 概要 吉川英治『三国志』では、盤河の対陣...
冒頭 盤河橋(ばんがきょう)とは、盤河(ばんが)に架かる橋で、公孫瓚軍と袁紹軍が対峙・衝突する際に、両軍の進退を左右する渡河点として登場する地名です。 概要 盤河橋は、橋そのものが戦場の要所として機能し、橋を越えて攻...
冒頭 盤河(ばんが)とは、袁紹と公孫瓚が両岸に陣して争い、盤河橋が両軍の往来と退路の要となった河川です。 概要 盤河一帯では、大河をはさんで両軍が対陣し、盤河橋を越えての攻防が戦局を左右しました。公孫瓚は盤河の畔で白...
冒頭 公孫越(こうそんえつ)とは、公孫瓚の弟で、冀州をめぐる袁紹との交渉に使者として立ち、帰途に襲撃されて殺害された人物です。 生涯 北平の公孫瓚が袁紹と結んだ「冀州を二分する」密約を信じて兵を進めたのち、冀州がすで...
冒頭 董相国(とうしょうこく)とは、後漢末に朝廷の実権を握った董卓(とうたく)が自ら称した相国の官位にもとづく呼称です。董卓は天子を擁して後見を任じ、諸大臣の上位に立つものとして太政相国を名のり、宮門の出入りにも大きな威容を伴...
一 遷都以後、日を経るに従って、長安の都は、おいおいに王城街の繁華を呈し、秩序も大いにあらたまって来た。 董卓の豪勢なることは、ここへ遷ってからも、相変らずだった。 彼は、天子を擁して、天子の後見をもって任じ、位は諸大...
一 さて、その後。 ――焦土の洛陽に止まるも是非なしと、諸侯の兵も、ぞくぞく本国へ帰った。 袁紹も、兵馬をまとめて一時、河内郡(河南省・懐慶)へ移ったが、大兵を擁していることとて、立ちどころに、兵糧に窮してしまった。 ...