冒頭 熒星(けいせい)とは、中国古代の天文学・占星術で主に火星を指す呼称で、赤く光る「火」の星として凶兆や兵乱と結びつけて解釈されることが多い天体です。作中では、太白星(きんぼし、金星)と並べて天命の転換を示す徴として語られま...
冒頭 桓楷(かんかい)とは、吉川英治『三国志』に登場する官吏で、使者としての折衝や、魏の朝廷における受禅工作に名が見える人物です。 生涯 孫堅戦死後、呉軍が孫堅の遺体を取り戻すため、捕虜とした黄祖を返還して遺体の引き...
冒頭 呂公(りょこう)とは、荊州の牧・劉表に仕え、襄陽城が孫堅軍に囲まれた際に、包囲突破の使者を務めた武人です。 生涯 劉表の陣営で、蒯良の進言により「袁紹へ援軍を乞う使い」として選ばれ、みずから進み出て任を受けます...
冒頭 襄陽城(じょうようじょう)とは、荊州の州治である襄陽に置かれた城郭都市で、漢水流域の交通と軍事を押さえる要地として三国期の攻防に関わった拠点です。荊州の劉表がこの地を根拠として勢力を保ったことが述べられます 。 概要 ...
冒頭 峴山(けんざん)とは、荊州の要地である襄陽の近傍にある山で、吉川英治『三国志』では「湖北省・襄陽の東」と注記され、襄陽城外の戦闘や軍の進退に関わる地勢として登場します。 概要 襄陽を中心とする漢水流域の軍事行動...
冒頭 襄陽(じょうよう)とは、後漢末から三国時代にかけて荊州の中枢都市として位置づけられ、漢水流域を押さえる交通と軍事の要地となった城郭都市です。襄陽を中心に古い都市があるとされ、郊外の隆中が近接する地理関係も示されます。 ...
一 遷都以後、日を経るに従って、長安の都は、おいおいに王城街の繁華を呈し、秩序も大いにあらたまって来た。 董卓の豪勢なることは、ここへ遷ってからも、相変らずだった。 彼は、天子を擁して、天子の後見をもって任じ、位は諸大...
一 旋風のあった翌日である。 襄陽城の内で、蒯良は、劉表のまえに出て、ひそかに進言していた。 「きのうの天変は凡事ではありません。お気づきになりましたか」 「ムム。あの狂風か」 「昼の狂風も狂風ですが、夜に入って...
一 「ここに一計がないでもありません」 と、孔明は声をはばかって、ささやいた。 「国主の劉表は病重く、近頃の容態はどうやら危篤のようです。これは天が君に幸いするものでなくてなんでしょう。よろしく荊州を借りて、万策をお計りあ...
一 その後、玄徳の身辺に、一つの異変が生じた。それは、劉琦君の死であった。 故劉表の嫡子として、玄徳はあくまで琦君を立ててきたが、生来多病の劉琦は、ついに襄陽城中でまだ若いのに長逝した。 孔明はその葬儀委員長の任を済ま...
一 漢中王の劉玄徳は、この春、建安二十五年をもって、ちょうど六十歳になった。魏の曹操より六ツ年下であった。 その曹操の死は、早くも成都に聞え、多年の好敵手を失った玄徳の胸中には、一抹落莫の感なきを得なかったろう。敵ながら惜し...
一 一方、孫乾は油江口にある味方の陣に帰ると、すぐ玄徳に、帰りを告げて、 「いずれ周瑜が自身で答礼に参るといっておりました」と、話した。 玄徳は、孔明と顔見合わせて、 「これほどな儀礼に、周瑜が自身で答礼に来るという...
一 難路へかかったため、全軍、まったく進退を失い、雪は吹き積もるばかりなので、曹操は焦だって、馬上から叱った。 「どうしたのだ、先鋒の隊は」 前隊の将士は、泣かんばかりな顔を揃えて、雪風の中から答えた。 「ゆうべの大...