峴山

冒頭
峴山(けんざん)とは、荊州の要地である襄陽の近傍にある山で、吉川英治三国志』では「湖北省・襄陽の東」と注記され、襄陽城外の戦闘や軍の進退に関わる地勢として登場します。
 
概要
襄陽を中心とする漢水流域の軍事行動において、城外へ出て布陣する地点、追撃戦での要害、また特定の方向からの退路や交通路を押さえる目標として扱われます。蔡瑁襄陽城を出て峴山まで進出して陣を張る場面があり、城と野戦の接点となる位置づけが示されます。
 
歴史
作中では、劉表配下の呂公が城外突破と援軍要請のため、追撃してくる敵を峴山へ誘い込み、岩・大木と射手を用いて敵を阻む策を授けられ、峴山が待ち伏せに適する地形として用いられます。
その結果、孫堅は峴山の断崖下で岩と矢の攻撃を受け、磐の落下によって討たれたと描かれ、孫家にとって重大な転機の現場となります。
また孫策は、父の遭難の場所として「峴山の麓」を捜索させるが遺骸は敵に収められていた、という経緯が語られます。
 
関連人物
孫堅は峴山で戦死し、孫策はその遺骸の返還をめぐって使者を立て、劉表と交渉する流れにつながります。
蔡瑁襄陽城から出て峴山に布陣するが孫堅に撃破されて退却し、荊州内部の主導権争いの背景にもなる行動として描かれます。
呂公は峴山での待ち伏せを実行する側として登場し、峴山が策略と地形利用の場となることを具体化します。
 
吉川三国志での扱いと史実や演義との違い
吉川英治三国志』では孫堅の最期を峴山での落死として具体化しているのに対し、一般に演義では峴山で追撃中に矢を受けて倒れる筋立てが広く知られます。
「峴山」登場回数
合計: 6回
0 1 2 3 5 0 桃園の巻 5 群星の巻 0 草莽の巻 0 臣道の巻 1 孔明の巻 0 赤壁の巻 0 望蜀の巻 0 図南の巻 0 出師の巻 0 五丈原の巻
最終更新日: 約2時間前