交州
冒頭
概要
中原の政争や戦乱から距離があり、山岳・海岸・河川交通によって独自の統治が行われやすい地域でした。州治は時期により移りうるが、概して南海交易圏に属し、海産物や香料などの産物、港湾を介した流通が政治・軍事の基盤ともなりました。
歴史
後漢末の群雄割拠期には、中央の統制が弱まるにつれ、現地勢力が実権を握りやすくなりました。三国鼎立が進むと、交州は呉の勢力圏として扱われ、南方経営と外洋交通の拠点として、国力の補完や周辺への影響力確保に関わる位置を占めます。
関連人物
交州の在地統治で知られるのが士燮(ししょう)で、後漢末の混乱期に交州の秩序維持と実務支配を担い、のち呉との関係の中で勢力を保ちました。南方の豪族・官人層の存在は、交州が単なる辺境ではなく、独自の政治社会を形成していたことを示します。
史実との違い