呂範

冒頭
呂範(りょはん)とは、孫策孫権の二代に仕え、外交・謀略の実務を担う重臣として描かれる呉の人物です。字(あざな)は子衡(しこう)で、当初は袁術配下の郡吏として登場します。
 
生涯
袁術の勢力下にあった時期、孫策江東へ雄飛する機をうかがう場で、呂範は自ら兵百余人の随従を申し出て孫策に与し、家中でも「ひとかどの謀士」と目される存在として示されます。
孫権の代になると重臣として朝議に列し、周瑜の献策をめぐる密議にも同席したうえで、対蜀外交の使節として荊州へ赴き、孫権の妹との婚縁を劉備に持ちかける役を担います。
 
人物像
呂範は、主君の意図を汲んで実行策へ落とし込む実務型の参謀として位置づけられ、交渉では利害を整理して相手を動かす弁舌を見せ、また必要とあれば急進的な手段(拘束・暗殺を含む)も提案する人物として示されます。
 
関係人物
孫策に初期から随従し、孫権政権下では周瑜魯粛らの動きと連動して使節・会議参加者として登場します。
 
有名なエピソード
劉備と呉の婚姻をめぐっては、呂範が荊州劉備に来呉を促し、国家間の婚姻である点を強調して同意へ導こうとします。
また甘露寺での対面に際し、孫権伏兵配置を進言し、状況次第では劉備の殺害も示唆するなど、計略面の中核に関わります。
関羽追討局面では、孫権の求めに応じて占筮を行い、作戦判断の一材料を提示する役として現れます。
 
有名なセリフ
「君、大江を渡るなれば」
「私が占ってみましょう」
 
史実との違い
吉川三国志では婚姻計略の使節・占筮など策動の場面での登場が目立つ一方、史実の呂範は呉の将・官僚として軍政両面で任用され、役割の比重や描写される局面が整理されています。
「呂範」の基本情報
総登場回数
25回
活動期間
5巻にわたって登場
初回登場
草莽の巻
最終登場
出師の巻
最も活躍した巻
望蜀の巻 (18回登場)
「呂範」登場回数
合計: 25回
0 4 9 13 18 0 桃園の巻 0 群星の巻 1 草莽の巻 0 臣道の巻 1 孔明の巻 2 赤壁の巻 18 望蜀の巻 0 図南の巻 3 出師の巻 0 五丈原の巻
最終更新日: 約2時間前