定軍山の戦い
冒頭
概要
定軍山は漢中方面の軍事拠点の一つで、周辺の山地・補給線と結びついて守備側の防衛線を形づくりました。吉川三国志では、蜀は法正の立案する用兵と黄忠の攻勢を軸に、山地を利用して魏軍の疲労と隙を突くかたちで戦局を展開します。
経過
蜀はまず定軍山をうかがう位置を確保し、偵察と誘導を重ねて魏を動かす方針をとります。法正は、敵が攻め寄せてきた際に「白旗」を合図として山上から打って出る計を示し、黄忠はこれに従って敵の動きを待ち受けました。
魏では張郃が夏侯淵の出撃を諫めるものの退けられ、夏侯淵は兵を率いて前進します。魏軍が疲労し、一部が馬上で居眠りするほどになった機に、法正の合図で黄忠軍が一斉に下り、黄忠は夏侯淵を斬り伏せたとされます。
関連人物
史実との違い