左軍校尉 用語 冒頭 左軍校尉(さぐんこうい)とは、後漢王朝の軍制における官職名で、宮廷・都城の警衛や非常時の軍事行動に関わる「左軍」を統率する校尉です。 概要 校尉は将軍より下位に位置づけられる武官で、一定の兵力を預かって指揮・監督を行います。左軍校尉は左右前後などに分かれる警備・衛戍の部隊編成の一角として言及され、都の政変や皇帝の動静に直結しやすい職とされます。 意味 「左軍」は配置や編制上の区分で、「左」に属する軍を示します。「校尉」は本来、部隊の統率者・監察者としての性格を持つ官で、戦時の指揮だけでなく、都城・宮中の秩序維持や護衛の実務を担う文脈で現れます。 関連人物 吉川英治『三国志』では、帝の還幸(都への帰還)の場面で、袁紹・王允らとともに左軍校尉の淳于瓊が出迎えの諸将として登場し、宮中の混乱後に官軍・近衛系の諸部が集結する状況が示されます 。 史実との違い 吉川三国志での扱いは、官職を政変直後の軍事・警衛勢力の一員として配置する点に重点があり、制度的な職掌の細部は物語上簡略に示されます。 「左軍校尉」登場回数 合計: 1回 0 0 0 0 1 1 桃園の巻 0 群星の巻 0 草莽の巻 0 臣道の巻 0 孔明の巻 0 赤壁の巻 0 望蜀の巻 0 図南の巻 0 出師の巻 0 五丈原の巻 「左軍校尉」が登場する場面 1件 蛍の彷徨い 「おお、帝はご無事でおわしたか」 。 校尉袁紹が馳せ出会う。 また、司徒王允、太尉楊彪、左軍校尉淳于瓊、右軍の趙萌、同じく後軍校尉鮑信などがめいめい数百騎をひきいて来合せ、帝にまみえて、みな哭いた。「還御を盛んにし、洛陽の市民にも安心させん」 。 と、段珪の首を、早馬で先へ送り、洛陽の市街に曝し首として、同時に、帝のご無事と還幸を布告した。 本文 桃園の巻 三国志 「左軍校尉」を全て検索