建安文学
冒頭
建安文学(けんあんぶんがく)とは、後漢末の建安年間を中心に、曹操政権の周辺で隆盛した詩文の総称です。吉川英治『三国志』では、建安の年次が政局の区切りとして語られ、たとえば建安九年の冀州平定など時代の推移が示されます。
概要
中心人物は曹操・曹丕・曹植の三曹で、政治軍事の中枢に文人が集い、詩・賦・章奏文などが実務と結びつきながら発達しました。作風は、漢代の華麗な辞藻偏重から、現実の動乱や離別・死生観を扱う傾向へ移った点が特徴とされます。作詩の主流は五言詩で、のちの魏晋文学の基礎になりました。
意味
「建安」は献帝の年号で、曹操の権力が確立していく時期と重なります。吉川三国志でも、建安二十一年に魏王推戴の詔をめぐる議論が描かれ、建安が「漢朝の名義のもとで曹操の実権が進む時代」であることがうかがえます。
関連人物
建安文学の代表としては三曹のほか、王粲など「建安七子」に数えられる文人が挙げられます。作中でも王粲が曹操の徳を頌する長詩を作ることが記され、政権の周囲に詩文の役割があったことが示されています。 また曹植は「幼少から詩文の才に長け」た人物として語られ、詩によって窮地を免れる「七歩の詩」も扱われます。
史実との違い