徐盛

冒頭
徐盛(じょせい)とは、呉に仕えた武将で、孫権のもとで江南防衛の指揮を任された人物です。字は文嚮(ぶんきょう)といい、瑯琊莒県(ろうやきょけん)の出身で、早くから武略で知られたとされます。
 
生涯
孫権の政権下で都督として用いられ、建業・南徐方面の軍馬を預けられて江南の守りを担う立場に置かれます。孫権から任を問われた際には、魏軍粉砕を断言し、失敗した場合は九族誅殺も受けると誓って責任を引き受けています。
また、周瑜の麾下で戦った時期には、蒋欽らとともに序戦の失態を咎められる場面があり、軍中での評価が戦況と直結する将であったことが示されます。
 
人物像
作戦面では、敵地に渡っての先制を戒め、魏軍が大江を渡って集結する機会を「殲滅」の好機とみて、防備を整える方針を主張します。
統率面では軍律を重んじ、孫権の甥である孫韶の抗命に対しても処断を命じ、さらに孫権自身が介入したことを「軍法」を破る行為として面前で諫めています。
 
関係人物
孫権とは任官と軍律をめぐって直接言葉を交わす君臣関係にあります。
孫韶とは江北渡河の是非で対立し、抗命事件の当事者となります。
丁奉とは行動をともにし、追撃の可否をめぐり制止を受ける場面があります。
周瑜の命を受けた任務として、諸葛亮の舟を追う局面で趙雲と対峙しています。
 
有名なエピソード
諸葛亮の舟を追った際、趙雲の矢で帆綱を射切られ追撃が頓挫し、丁奉から退くよう諫止されます。
魏の侵攻が迫る中では、孫韶の強硬論に対し、防衛準備によって敵の渡河を誘い撃つ構想を明確に述べ、内部の反発も軍律で抑えようとします。
 
有名なセリフ
「不肖徐盛にその大任を仰せつけ給わるならば、一死かならず、魏の大軍を粉砕してお目にかけます」
大江を渡って戦うということが、すでに味方の大不利である」
 
史実との違い
吉川三国志では国防総司令としての防衛指揮と軍律執行が前面に置かれやすい一方、史実では呉の将として各地の対魏戦などにも関与した武将として位置づけられます。
「徐盛」の基本情報
総登場回数
71回
活動期間
5巻にわたって登場
初回登場
赤壁の巻
最終登場
五丈原の巻
最も活躍した巻
出師の巻 (31回登場)
「徐盛」登場回数
合計: 71回
0 7 15 23 31 0 桃園の巻 0 群星の巻 0 草莽の巻 0 臣道の巻 0 孔明の巻 13 赤壁の巻 17 望蜀の巻 8 図南の巻 31 出師の巻 2 五丈原の巻
最終更新日: 約5時間前