李豊

冒頭
李豊(りほう)とは、蜀の重臣で白帝城の鎮守である李厳(りげん)の子で、諸葛孔明の北伐期に父の使者として政軍の連絡に携わる人物です。
 
生涯
祁山渭水方面で孔明長安進撃を構想していた折、白帝城から孔明のもとへ唐突に来訪し、孟達(もうたつ)が魏で冷遇され蜀への帰参を望んでいる旨を、父李厳に代わって報告します。孟達曹丕の時代には信任を得たものの、曹叡の代になると猜疑され、部下にも蜀を恋う者が多いという状況が語られます。
その後、李厳が軍需・兵糧をめぐる策動で官職を剥奪され庶人に落とされると、李豊は蜀中枢に留め置かれ、劉琰らと共に兵糧増産などの実務に用いられます。
 
人物像
父の代理として情勢報告を行い、魏にある孟達の動静と心理、ならびに帰参工作の端緒を伝えるなど、軍略以前の情報・連絡の役割を担う存在として扱われます。
 
血縁
父は白帝城の鎮守・李厳です。
 
関係人物
諸葛孔明には、孟達の帰参希望を伝える使者として接触します。
李厳とは父子関係として、孟達の斡旋依頼がまず李厳へ持ち込まれた経緯が示されます。
李厳失脚後は、劉琰らと共に兵糧増産の役に就きます。
 
有名なエピソード
孟達が魏で疎まれ、「この趣を諸葛丞相に取次いでくれ」と李厳へ帰参の斡旋を求めた件を、李豊が孔明へ取り次ぐくだりが中心的です。
 
史実との違い
吉川三国志では、李豊の働きが孟達の帰参工作の連絡役や兵糧実務として具体化される一方、史実・演義での李豊の事績は比較的記述が限られるため、物語上の役割が整理されて提示されています。
「李豊」の基本情報
総登場回数
9回
活動期間
2巻にわたって登場
初回登場
草莽の巻
最終登場
五丈原の巻
最も活躍した巻
五丈原の巻 (6回登場)
「李豊」登場回数
合計: 9回
0 1 3 4 6 0 桃園の巻 0 群星の巻 3 草莽の巻 0 臣道の巻 0 孔明の巻 0 赤壁の巻 0 望蜀の巻 0 図南の巻 0 出師の巻 6 五丈原の巻
最終更新日: 約6時間前