連環の計

冒頭
連環の計(れんかんのけい)とは、敵の水軍船団を鎖で相互に連結させ、船を散開しにくい状態へ誘導したうえで、火攻めなどで一挙に打撃を与えるための策です。吉川英治三国志』では、赤壁戦前に龐統が「火攻めの計を用うるには…鎖をもってこれを封縛せしめる必要がある」「連環の計といいます」と説く形で示されます 。
 
概要
作戦の骨子は、船と船の首尾を鉄鎖で固くつなぎ、環で連ね、太綱で補強し、渡り橋まで架けて船上の往来を容易にすることにあります 。これにより動揺が減り、北方出身で水軍に不慣れな兵の負担を軽くし、軍務の運用を平易にする利点がうたわれます 。
 
意味
「連環」は環を連ねる意で、船団を鎖で連結して一つの塊のように運用することを指します。曹操はこの献策を容れて鍛冶を集め、「連環の鎖、大釘など」を多数作らせ、船団を連結する準備を進めます 。作中では、完成した状態が「連環の排列」として報告され、船隊運用の前提となります 。
 
当時の文脈での使われ方
連環は本来、船酔い対策と統制の強化として合理化されますが、火攻めに対しては致命的な弱点になります。程昱が「万一敵に火攻めの計を謀られたら」と危惧する一方、曹操は季節風を理由に火攻めの成立を否定し、連結の継続を選びます 。しかし火船が衝突した局面では、連結が災禍を連鎖させ、「大船と大船…ほとんどみな連鎖交縛していた」ために炎上が拡大したと描写されます 。
 
関連人物
龐統は連環の計を曹操側へ受け入れさせる献策者として位置づけられます 。周瑜火計の前提として同策を必要とする構想の中核にあり 、黄蓋の火攻めが実行段階を担います 。
 
史実との違い
吉川三国志では連環の計が龐統の智略として強く結びつけられる一方 、史実・演義では誰の発案かや実在性の扱いに揺れがあるとされます。
「連環の計」登場回数
合計: 6回
0 1 2 3 4 0 桃園の巻 0 群星の巻 0 草莽の巻 0 臣道の巻 0 孔明の巻 4 赤壁の巻 2 望蜀の巻 0 図南の巻 0 出師の巻 0 五丈原の巻
最終更新日: 約5時間前