陳の国
冒頭
陳の国(ちんのくに)とは、中国古代に存在した「陳(陳国)」という国名で、のち後漢期には同名の封国・行政区画(陳国)としても語られる地名です。
概要
三国時代の文脈で「陳」は、国名としてよりも、人名の姓として登場することが多く、作中でも陳珪・陳登父子、陳宮など「陳」姓の人物が各勢力の政略や軍略に関与します。陳珪・陳登父子は徐州の政局で呂布と曹操・劉備の間に位置し、城門を開いて曹操軍を迎え入れるなど、土地支配の帰趨に影響する行動が描かれます 。陳宮は曹操と袂を分かつ旧知として、呂布の陣営で策をめぐらす人物として扱われます 。
歴史
古代の陳国は周代以来の諸侯国の一つとして知られ、後漢以降は「国」が皇族・功臣らに与えられる封国名、または行政上の区分として現れることがあります。三国期の地理・政治の話題では、こうした「国」名が州郡県と並んで語られうるため、「陳の国」は国号・地名として理解されます。
関連人物
史実との違い
吉川三国志では「陳の国」そのものの地誌的説明は前面に出にくく、主として「陳」姓の人物の活動を通じて間接的に読まれる点が、史書や地理的叙述中心の記述とは扱いが異なります。