隠棲
冒頭
隠棲(いんせい)とは、官職や世俗の交わりから身を退き、山林や郊外の住まいにこもって静かに暮らすことです。後漢末のように政局が乱れ、仕官が身の危険や不本意な加担につながりやすい時代には、学識や名望のある人物が自ら出処進退を選ぶ態度としても用いられます。
概要
吉川英治『三国志』では、在野の賢人が「隠棲の閑居」にいるところへ、君主や有力者が礼を尽くして迎えに行くという形で現れます。孫策が江東の賢人・張昭を幕僚に迎えるため、本人が田舎の住まいを訪ねる場面は、隠棲が単なる隠遁ではなく、人材登用や政権形成と結びついていることを示します。
意味
語義としては「隠れて棲む」で、世間から距離を取り、耕作や読書などの自足的生活を送る含意をもちます。作中では、諸葛孔明が襄陽西郊に身をひそめ、弟とともに「晴耕雨読」の生活に入ったことが「隠棲生活」と呼ばれ、若くして出世競争から離れる姿勢として周囲に受け取られます。
当時の文脈での使われ方
隠棲は、政治的に危うい状況を避ける処世である一方、才を抱えたまま時機を待つ在野の立場でもあり、推挙・招聘の対象となります。張昭の例では、権力や財物では動かない人物を、君主の直接の訪問と誠意で「起たせ」る契機として描かれ、隠棲者が政治の外部にいるからこそ、参画の価値が高まる関係が示されます。
吉川三国志での扱いと史実や演義との違い