鹵簿 用語 鹵簿(ろぼ)とは 鹵簿とは、天子や高官が外出する際に従う儀仗(ぎじょう)・行列のことを指す。旗や車、楽器、護衛兵などが整然と並び、威儀を示す制度的な行列である。 語の由来 「鹵」は古代の城門を意味し、「簿」は名簿・帳簿の意で、もともとは軍や儀仗の配置を記した名簿を指した。それが転じて、実際の儀仗行列そのものを「鹵簿」と呼ぶようになった。 歴史的背景 中国では周代から皇帝の行幸や諸侯の外出に際して儀仗が伴われた。漢代以降は制度として整備され、旗、楽隊、護衛兵、馬車などを編成した壮大な行列が「鹵簿」と呼ばれた。 特に皇帝の威光を示すものとして重視され、規模や内容は身分によって厳格に定められていた。 三国志での関わり 三国志の物語でも「鹵簿」という語は登場し、皇帝の外出や儀式を描写する際に用いられる。例えば、霊帝や献帝が出御する場面で、行列の壮麗さや、乱世でそれが形骸化する様子を表す言葉として登場する。 「鹵簿」登場回数 合計: 3回 0 0 1 2 3 3 桃園の巻 0 群星の巻 0 草莽の巻 0 臣道の巻 0 孔明の巻 0 赤壁の巻 0 望蜀の巻 0 図南の巻 0 出師の巻 0 五丈原の巻 「鹵簿」が登場する場面 1件 蛍の彷徨い 」 。「そも、何人の軍ぞ」 。 帝をはじめ、茫然、疑い怖れているばかりだったが、時に袁紹あって、鹵簿の前へ馬をすすめ、 。「それへ来るは、何者の軍隊か。帝いま、皇城に還り給う。 本文 桃園の巻 三国志 「鹵簿」を全て検索