冒頭 大梁(たいりょう)とは、後漢末の中原にある都市名で、吉川英治『三国志』では「大梁(河南省)の方面」として言及され、楊奉・韓暹が禁中の兵を誘い出して向かった先とされます。 概要 地勢は黄河流域の平野部に属し、洛陽...
冒頭 曹皇后(そうこうごう)とは、後漢最後の皇帝・献帝の后で、曹氏(曹操の一族)出身の皇后です。吉川英治『三国志』では、献帝の周囲から朝臣が去り、漢朝が形骸化していく宮中で、兄の曹丕からの呼び出しを受けて曹家へ戻る動きが描かれ...
冒頭 侍中郎(じちゅうろう)とは、後漢王朝の宮廷で天子の側近として仕え、禁中の内外にわたって奏聞や伝達、警護に関わった近侍系の官職です。作中では、献帝の行幸に随行する「侍中郎の楊琦」が、御車の前に出て兵を叱咤し、天子の車である...
冒頭 袞龍(こんりゅう)とは、天子の礼服である袞衣に織り出された龍文様、またはその礼服自体を指す言葉です。吉川英治『三国志』では、天子に近い威光や禁中の権威を示す語として用いられ、許章が「袞龍の袖にかくれて哀訴」する場面や、献...
冒頭 禁闕(きんけつ)とは、天子の宮城、とくに宮門や宮中の禁制区域を指す語です。禁は立入を禁ずる意、闕は宮門の門楼をいい、転じて宮廷そのものの尊称としても用いられます。 概要 漢代の宮廷は、天子の居所であると同時に国...
冒頭 郿塢街道(びうかいどう)とは、長安周辺から郿塢へ通じる街道を指す作中用語です。禁中の混乱のさなか、献帝と皇后を載せた輦が「郿塢街道のほうへ」急行したと記され、宮城・長安と郿塢を結ぶ移動路として扱われます。 概要 ...
冒頭 儀仗(ぎじょう)とは、君主や高官の外出・入城・儀式の際に、その威儀を整え身辺を護衛するための随行兵や行列のしつらえ一式です。 概要 儀仗は、実戦部隊とは別に編成されることが多く、旗幟、楽人、鼓吹、持ち物係、近衛...
冒頭 御内詔(ぎょないしょう)とは、天子がごく内々に下す詔書、またはその趣旨を指し、公式の手続きを経て公布される「詔」と区別される秘密命令です。 概要 「内詔」は本来、朝廷内の限られた者にのみ伝達される性格をもち、受...
冒頭 北掖門(ほくえきもん)とは、後漢の禁中や宮城に設けられた門の一つで、正門ではなく側面に属する出入口を指す呼称です。吉川英治『三国志』では、董卓が入朝する際に「宮中の北掖門」へ至り、禁門の掟により随兵を門外に止めて禁廷へ進...
冒頭 建章殿(けんしょうでん)とは、洛陽の旧朝廷の禁中にあった殿舎の一つとして語られる宮殿建築です。董卓の遷都にともなう焼亡後も、その周辺は諸侯軍の活動拠点として扱われます。 概要 作中では、洛陽が焦土となったのち、...
冒頭 後宮(こうきゅう)とは、皇帝の居所である宮城のうち、皇后・妃嬪・女官らが起居し、内廷の家政や儀礼が営まれる区域を指す言葉です。 概要 後宮は外朝の政務空間と区別され、皇帝の私的生活と継嗣の確保に関わる場でした。...
冒頭 紫金殿(しきんでん)とは、後漢王朝の都・洛陽の宮城に属する大殿の一つとして語られる、天子の政務や儀礼の中心となる殿舎です。宮門や楼閣とともに禁中の主要建築を構成します。 概要 作中では、紫金殿は洛陽宮殿の代表的...
冒頭 宮内官(きゅうだいかん)とは、皇帝の宮中や内廷に属して政務・近侍・伝達・警衛などに当たる官人を、広く指す呼び名です。吉川英治『三国志』では、宮中に出入りし得る官職層として描かれ、外朝の官僚や将軍とは別に、禁中の意思決定や...
冒頭 御林軍(ぎょりんぐん)とは、皇帝の居所である禁中や宮城の門を警備し、非常時には宮廷内の実力部隊として動員される近衛兵のことです。作中では「御林軍(近衛兵)」として明記され、袁紹が五千を率いて禁門を固めた例が示されます ...
冒頭 城門校尉(じょうもんこうい)とは、都城や宮城の門を警備し、出入りの統制や治安維持に当たる武官の官職です。 概要 「校尉」は一定規模の兵を指揮する軍職名で、城門校尉はその職掌を城門警備に特化したものといえる。都の...
冒頭 董相国(とうしょうこく)とは、後漢末に朝廷の実権を握った董卓(とうたく)が自ら称した相国の官位にもとづく呼称です。董卓は天子を擁して後見を任じ、諸大臣の上位に立つものとして太政相国を名のり、宮門の出入りにも大きな威容を伴...
冒頭 北都尉(ほくとい)とは、後漢の都である洛陽に置かれた、宮城や禁中の警備・取締りにあたる武官職です。吉川英治『三国志』では、曹操が二十歳で初めて就いた官職として示され、任務は皇宮の警吏であると説明されています。 概要 ...
冒頭 禁裡(きんり)とは、天子の居所である宮城、とくに皇帝の居住区域を指す呼称です。吉川英治『三国志』では、洛陽などの正規の宮城だけでなく、帝が移動して仮に御所を置いた場所も「御所となれば、ここは即座に禁裏」とされ、空間そのも...
冒頭 禁中(きんちゅう)とは、天子の居所である宮城の内側、とくに政務や儀礼が行われる宮中一帯を指す語です。外部の者が自由に出入りできない区域であるため、禁門などの門によって厳重に区画され、非常時には禁中を守ることが政権の存立そ...
冒頭 省中(しょうちゅう)とは、後漢王朝の宮廷における禁中寄りの政務空間や、そこで行われる朝廷中枢の場を指す語です。吉川英治『三国志』では、董卓が百官を集めて大饗宴を開いた場所として用いられます。 概要 「省」は本来...
冒頭 虎賁中郎将(こほんちゅうろうしょう)とは、漢代の官職名で、宮廷の警衛を担う虎賁の軍を統率する中郎将級の武官です。吉川英治『三国志』では、董卓配下の李粛が「虎賁中郎将」の職にある者として登場します。 概要 虎賁は...
冒頭 内裏(だいり)とは、皇帝が政務や居住を行う宮城の中枢部で、外朝に対する内廷にあたる区域です。吉川英治『三国志』では、洛陽の王城にある禁中として描かれ、政変の現場となります。 概要 内裏は、天子の身辺と直結するた...
冒頭 皇城(こうじょう)とは、天子の宮殿や官庁の中枢を囲む城郭と、その内側の区域を指す呼び名です。都城全体の城壁とは区別され、政務と儀礼の中心として衛兵や門による警固が重視されました。 概要 皇城は、宮城や禁中をふく...
冒頭 禁廷(きんてい)とは、天子の居所である宮城の内、特に朝廷の政務や儀礼が行われる中枢部を、部外者の立入りが禁じられた場所として指す言葉です。吉川英治『三国志』では、同趣旨の語として禁中や禁門が多く用いられ、宮中の内側へ進む...
冒頭 十常侍の乱(じょうじょうじのらん)とは、後漢末の洛陽宮廷で権勢をふるった宦官集団十常侍が、外戚の何進と対立して殺害・粛清され、その過程で皇帝らが宮中から連れ去られるなど宮城と都が大混乱に陥った政変です。 概要 十常侍は...