冒頭 桃園の誓い(とうえんのちかい)とは、劉備(玄徳)・関羽・張飛の三人が、桃の花が盛りの園に祭壇を設け、天地の神祇に誓って義兄弟の約束を結んだ義盟の儀礼です。 概要 三人は牛血と酒を祭壇にそそいでぬかずき、黙祷をさ...
冒頭 刎頸の誓い(ふんけいのちかい)とは、必要があれば互いに「頸を刎ねられる」覚悟で義を守り、相手のために命を捨てても変わらないと誓い合う、きわめて重い盟約を指す言葉です。吉川英治『三国志』では、劉備・関羽・張飛が祭壇の前で将...
冒頭 桃園(とうえん)とは、劉備・関羽・張飛の三人が義兄弟の盟約を結んだ、桃の木が植わる園地のことです。劉備の母が「桃園の花が真盛り」だから園中に席を敷こうと提案し、三人は園を清めて祭壇を設け、酒と誓約によって結義を固めました ...
張飛翼徳(ちょうひ よくとく)とは 劉備玄徳に仕えた義兄弟のひとりで、字は翼徳。三国志のなかでも豪放磊落な性格と勇猛な戦いぶりで知られる名将。 生涯 涿郡の出身。劉備・関羽と出会い、桃園で義兄弟の契りを結んだ。黄巾の...
関羽雲長(かんう うんちょう)とは 三国志を代表する武将のひとりで、劉備玄徳に仕えた義兄弟。字は雲長。中国史上、武勇と義理を象徴する人物として後世に神格化され、関帝・関聖帝君として祀られる。 生涯 関羽は山西(并州)...
桃園の巻(とうえんのまき)とは 吉川英治『三国志』の第一巻であり、物語全体の出発点となる巻。タイトルの「桃園」は劉備・関羽・張飛の三人が義兄弟の契りを結んだ「桃園結義」を象徴している。 あらすじ 後漢末、帝室の衰えと...
劉備玄徳(りゅうび げんとく)とは 劉備玄徳は、三国志の主要人物の一人であり、蜀漢の建国者で初代皇帝(昭烈帝)となった人物である。字は玄徳。後漢の宗室の末裔を自称し、仁義を重んじた姿勢から「仁君」として広く知られる。吉川英治『...
桃園の巻黄巾賊流行る童歌白芙蓉張飛卒桑の家橋畔風談童学草舎三花一瓶義盟転戦檻車秋風陣十常侍打風乱柳岳南の佳人故園乱兆舞刀飛首蛍の彷徨い呂布赤兎馬春園走獣白面郎「曹操」# 群星の巻偽忠狼心競う南風江東の虎関羽一杯の酒虎牢関洛陽落日賦生死...
一 曹操はまだ若い人だ。にわかに、彼の存在は近ごろ大きなものとなったが、その年歯風采はなお、白面の一青年でしかない。 年二十で、初めて洛陽の北都尉に任じられてから、数年のうちにその才幹は認められ、朝廷の少壮武官に列して、禁中...
一 蟠桃河の水は紅くなった。両岸の桃園は紅霞をひき、夜は眉のような月が香った。 けれど、その水にも、詩を詠む人を乗せた一艘の舟もないし、杖をひいて逍遥する雅人の影もなかった。 「おっ母さん、行ってきますよ」 「ああ、...
一 涿県の楼桑村は、戸数二、三百の小駅であったが、春秋は北から南へ、南から北へと流れる旅人の多くが、この宿場で驢をつなぐので、酒を売る旗亭もあれば、胡弓を弾くひなびた妓などもいて相当に賑わっていた。 この地はまた、太守劉焉の...
涿県(たくけん)とは、中国の河北省中南部に位置する歴史的な地名である。三国志の物語が始まる重要な舞台となった場所であり、特に劉備玄徳の出生地として有名である。劉備はこの涿県の楼桑村で代々農を営む家に生まれ、その出自には諸葛亮の後に語る...
一 七夕の宵だった。 城内の街々は、紅燈青燈に彩られている。 荊州の城中でも、毎年の例なので、孔明は、主君玄徳の留守ながら、祭を営み、酒宴をもうけて、諸大将をなぐさめていた。 すると、夜も更けてきた頃、一つの大き...
劉備(りゅうび)とは 劉備は、中国三国時代の蜀(しょく、蜀漢)の初代皇帝となった人物です。三国志の物語世界において最も親しまれている英雄の一人であり、その生き様は現代に至るまで多くの読者の共感を呼び続けています。 生涯 劉備は...
一 蜀の玄徳は、一日、やや狼狽の色を、眉にたたえながら、孔明を呼んで云った。 「先生の兄上が、蜀へ来たそうではないか」 「昨夜、客館に着いたそうです」 「まだ会わんのか」 「兄にせよ、呉の国使として参ったもの。孔明...
一 曹丕が大魏皇帝の位についたと伝え聞いて、蜀の成都にあって玄徳は、 「何たることだ!」と、悲憤して、日夜、世の逆しまを痛恨していた。 都を逐われた献帝は、その翌年、地方で薨去せられたという沙汰も聞えた。玄徳はさらに嘆き...
一 閑話休題―― 千七百年前の支那にも今日の中国が見られ、現代の中国にも三国時代の支那がしばしば眺められる。 戦乱は古今を通じて、支那歴史をつらぬく黄河の流れであり長江の波濤である。何の宿命かこの国の大陸には数千年のあ...
一 小沛、徐州の二城を、一戦のまに占領した曹操の勢いは、旭日のごときものがあった。 徐州には、玄徳麾下の簡雍、糜竺のふたりが守っていたが、城をすててどこかへ落ち去ってしまい、あとには陳大夫、陳登の父子が残っていて、内から城門...
一 百計も尽きたときに、苦悩の果てが一計を生む。人生、いつの場合も同じである。 張飛は、一策を案出した。 「集まれ」 七、八百の兵をならべて命じた。 「貴様たちはこれから鎌を持って山路を尋ね、馬糧の草を刈ってこ...
一 斗酒を傾けてもなお飽かない張飛であった。こめかみの筋を太らせて、顔ばかりか眼の内まで朱くして、勅使に唾を飛ばして云った。 「いったい、朝廷の臣ばかりでなく、孔明なども実に腑抜けの旗頭だ。聞けば、孔明はこんど皇帝の補佐たる丞...
一 呉侯は、呂蒙の死に、万斛の涙をそそいで、爵を贈り、棺槨をそなえ、その大葬を手厚くとり行った後、 「建業から呂覇を呼べ」と、いいつけた。 呂覇は呂蒙の子である。やがて張昭に連れられて荊州へ来た。孫権は可憐な遺子をながめ...
一 彗星のごとく現われて彗星のようにかき失せた馬超は、そも、どこへ落ちて行ったろうか。 ともあれ、隴西の州郡は、ほっとしてもとの治安をとりもどした。 夏侯淵は、その治安の任を、姜叙に託すとともに、 「君はこのたびの...
一 呂布は、呂布らしい爪牙をあらわした。猛獣はついに飼主の手を咬んだのである。 けれど彼は元来、深慮遠謀な計画のもとにそれをやり得るような悪人型ではない。猛獣の発作のごとく至って単純なのである。欲望を達した後は、ひそかに気の...
一 桃園へ行ってみると、関羽と張飛のふたりは、近所の男を雇ってきて、園内の中央に、もう祭壇を作っていた。 壇の四方には、笹竹を建て、清縄をめぐらして金紙銀箋の華をつらね、土製の白馬を贄にして天を祭り、烏牛を屠ったことにして、...
一 関平も父の姿をさがし求めているうちに、朱然、潘璋の軍勢に生捕られた。そして荒縄にかけられて呉侯孫権の陣へひかれてゆく間も、父関羽の名を叫び、無念無念をくり返していた。 報を聞いて孫権は、翌る日、早暁に帳を出て、馬忠に関羽...