建安七子
冒頭
建安七子(けんあんしちし)とは、後漢末の建安年間に、曹操政権の周辺で文名を高めた七人の文人をまとめて呼ぶ語です。建安は後漢献帝の年号で、作中でも「建安七年」などの形で時代を示す区切りとして用いられます。
概要
七子は一般に、孔融(こうゆう)・陳琳(ちんりん)・王粲(おうさん)・徐幹(じょかん)・阮瑀(げんう)・応瑒(おうとう)・劉楨(りゅうてい)を指します。戦乱期の政治権力に近い場所で、上奏文・檄文などの実務文書から、詩賦などの文学までを担い、建安文学の代表的な担い手と位置づけられます。
意味と背景
建安期は、軍事・外交の現場で文章が権力運用の手段となり、文才が政治的価値を持ちやすい時代でした。作中でも、詩作や文章の才が人物評価や処遇に関わる局面が描かれ、たとえば曹植の「七歩の詩」の逸話は、詩が直接に命運を左右し得る例として扱われます。
関連人物
建安七子は曹操の幕下・近辺と結びつけて語られることが多く、作中では孔融が曹操の近くにあって諫言する場面があり、政権内の文人官僚としての性格が示されます。 また孔融は、禰衡の事件に関連しても名が挙がり、当時の名士層の交友関係の一端を成します。