洛陽船
冒頭
概要
洛陽には霊帝の居城が置かれ、珍しい物産や文化的な産物が集積し各地へ流通するとされ、洛陽船はその流通を担う存在として位置づけられます。沿岸では入港に合わせて市が立ち、仲買人や物売りが集まって取引が行われます。
意味
作中では、ふつうの客船・貨船と区別され、紅い旗を多数掲げ、船楼を彩色した船として示されます。
使われ方
史実との違い
――見るところ大人しそうだし、賊徒とは思われぬが、一応疑ってみねばならん」 。「ごもっともです。……実は私が待っているのは、今日あたり江を下ってくると聞いている洛陽船でございます」 。「ははあ、誰か身寄りの者でもそれへ便乗して来るのか」 。「いいえ、茶を求めたいと思って。
遅いどころじゃない」と、汗をふきふき、かえって馬元義に向って、不平を並べたが、同類の冗談半分とみえて、責められた馬のほうも、げらげら笑うのみだった。「ところで、ゆうべの収穫はどうだな。洛陽船を的に、だいぶ諸方の商人が泊っていた筈だが」 。「大していう程の収穫もなかったが、一村焼き払っただけの物はあった。その財物は皆、荷駄にして、例の通りわれわれの営倉へ送っておいたが」 。
小功は思わないが、しきりと、生きている間の生甲斐と、意義ある仕事を残さんとする誓願が念じられてくる。「この畔で、半日もじっと若い空想にふけっていたことがある。――洛陽船から茶を購おうと思って」 。 茶を思えば、同時に、母が憶われてくる。 この秋、いかに在わすか。
それも道理で、もう女の三十路をこえているが、青年玄徳に、はじめて恋ごころを知らしめた女性なのである。 実に今を去る十何年か前。 まだ玄徳が、沓を売り蓆を織っていた逆境の時代――黄河のほとりにたって、洛陽船を待ち、母のみやげにと茶を求めて帰る旅の途中、曠野でめぐり逢った白芙蓉という佳人が、いまの糜夫人であった。 五台山の劉恢の家に養われて、久しく時を待っていた彼女は、その後玄徳に迎えられて、室に侍したものであった。 一子がある。