温徳殿 地名 冒頭 温徳殿(うんとくでん)とは、後漢の都・洛陽の宮城内にあった殿舎の一つで、皇帝が出御して政務や儀礼を行う場として語られる建物です。 概要 作中では、幼帝が温徳殿に出御した際、殿内で青蛇が梁から落ち、さらに暴風雨へつながる災異として記され、王朝末期の不安を象徴する舞台となります。 歴史 董卓の遷都と洛陽焼亡ののち、旧都へ戻った献帝が荒廃した洛陽を歩き、「ここらが、温徳殿の址ではないか」と殿舎の所在を回想する場面があり、温徳殿が宮城の主要区画に属していたことが示されます。 関連人物 献帝は、焼け跡となった洛陽で温徳殿の跡をたずね、宮城の往時を思い起こす人物として結びつけられます。 また「幼帝」が温徳殿に出御する記事は、後漢の宮廷で災異が政治不安と結びつけて受け止められていた状況を示します。 史実との違い 吉川三国志では温徳殿を災異と焼亡後の旧跡回想の場として集約して扱い、史実・演義に見える災異記事や宮殿名の伝承を物語上の要所に配しています。 「温徳殿」登場回数 合計: 1回 0 0 0 0 1 1 桃園の巻 0 群星の巻 0 草莽の巻 0 臣道の巻 0 孔明の巻 0 赤壁の巻 0 望蜀の巻 0 図南の巻 0 出師の巻 0 五丈原の巻 「温徳殿」が登場する場面 1件 流行る童歌 そうした折にまた、こんなこともひどく人心を不安にさせた。 ある年。 幼帝が温徳殿に出御なされると、にわかに、狂風がふいて、長二丈余の青蛇が、梁から帝の椅子のそばに落ちてきた。帝はきゃっと、床に仆れて気を失われてしまった。殿中の騒動はいうまでもなく、弓箭や鳳尾槍をもった禁門の武士がかけつけて、青蛇を刺止めんとしたところが、突如、雹まじりの大風が王城をゆるがして、青蛇は雲となって飛び、その日から三日三夜、大雨は底のぬけるほど降りつづいて、洛陽の民家の浸水くもの二万戸、崩壊したもの千何百戸、溺死... 本文 桃園の巻 三国志 「温徳殿」を全て検索