馬謖

冒頭
馬謖(ばしょく)とは蜀の諸葛亮に近侍した参軍で、才知を買われて北伐の要地街亭の守将に抜擢されながら、布陣の誤りによって大敗を招き、軍法により処刑された人物です。
 
生涯
馬良の弟で、兄馬良が戦死したのち、その遺族は孔明に引き取られて保護され、馬謖も若年から兵書に親しみ才能を伸ばしたとされます。
南蛮征討の途次、孔明は馬謖に方略を諮問し、武力だけでなく「心を攻むる」ことを重んじる意見を述べさせ、以後も側近として用いました。
北伐では街亭防衛を自ら願い出て主将となり、副将に王平を付けられ、孔明から要地死守と布陣の要諦をくり返し授けられます。
しかし現地で王平の諫言を容れず山上に陣して補給線を断たれ、司馬懿の攻勢下で蜀軍は潰走し、街亭は蜀の大敗に終わります。
軍法会議ののち斬首され、建興六年夏五月、年は三十九と記されています。
 
人物像
兵法の章句に通じ、自説を強く押し立てる一方、処断を告げられると非を認めて嘆願するなど、才気と未熟さが併記されます。街亭の失策を孔明に叱責され、兵法の一句を引いて自己の判断を弁じた場面では「生兵法」と断じられます。
 
血縁
兄は馬良で、夷族との戦で戦死したとされ、孔明がその遺族を引き取り世話した経緯が語られます。
 
関係人物
諸葛亮とは師父のように近い関係として描かれ、孔明は馬謖の才を「門第一の俊才」と見て重任に就けますが、敗戦後は私情を戒めて処断します。
王平は副将として布陣の非を諫めた人物で、軍法会議でも経緯を陳述します。
蒋琬は処刑の場で孔明を諫め、馬謖の才能を惜しむ立場を示します。
司馬懿は街亭での主敵であり、馬謖はその力量を軽く見る言動も見せます。
 
有名なエピソード
街亭で要道の守りを捨てて山上に陣し、水の手を断たれて敗勢に陥ったこと、孔明が布陣図を見て即座に誤りを悟ったこと、そして「惜しむべきほどな者なればこそ斬る」として軍律を優先した処断が中心的に叙述されます。
 
有名なセリフ
丞相丞相。私が悪うございました。もし私をお斬りになることが、大義を正すことになるならば、謖は死すともお恨みはいたしません」
 
史実との違い
吉川三国志では、玄徳孔明に「才器に過ぐ、重機に用うるなかれ」と戒めた言葉を孔明が忘れていたという形で、登用の私情と失敗の因果が強く結び付けられている点が目立ちます。
「馬謖」の基本情報
総登場回数
76回
活動期間
4巻にわたって登場
初回登場
望蜀の巻
最終登場
五丈原の巻
最も活躍した巻
五丈原の巻 (55回登場)
「馬謖」登場回数
合計: 76回
0 13 27 41 55 0 桃園の巻 0 群星の巻 0 草莽の巻 0 臣道の巻 0 孔明の巻 0 赤壁の巻 1 望蜀の巻 1 図南の巻 19 出師の巻 55 五丈原の巻
最終更新日: 約3時間前