王平

冒頭
王平(おうへい)とは、蜀漢に仕えた武将で、もとは魏に属しつつ漢水方面で蜀へ帰順し、北伐や南征で実務的な指揮と地理の知識を買われた人物です。巴西の宕渠の出身で、字を子均といいます 。
 
生涯
巴西宕渠の人として地理に明るく、曹操に挙げられて牙門将軍となり、徐晃の副将として漢水の岸にあって次の決戦を論じています 。徐晃漢水を渡って陣を取ろうとした際、王平は「水を背にするは不利」と反対し、両者の意見は対立しました 。その後、徐晃の敗戦が王平の責に帰され罵倒を受けると、王平は夜に自陣へ火を放って脱出し、部下とともに漢水を越えて蜀へ投降します 。劉備は「招かずして」来た帰順としてこれを容れ、偏将軍に封じ、軍路の案内役として重用しました 。
諸葛亮の北伐では、街亭馬謖の副将となり、馬謖が山上に布陣しようとしたのを「総口を塞ぎ遮断する」趣旨に反するとして諫めたものの容れられず、自軍は山麓に踏みとどまった経緯を軍法の場で述べています 。別の戦局では、孔明が強敵の背後を衝く役を募った際に進み出て、蜀の興亡に関わる大事として「ただ一死を以て国に報ぜん」として任務を請け、孔明から「平時の良才、戦時の忠将」と評されます 。張翼と組んで張郃司馬懿の間の死地に入る作戦を命じられ 、のちに張翼とともに新手へ向き直って「命をすてて戦え」と奮戦する場面もあります 。また補給戦では、魏軍に変装して輜重隊を急襲し、自ら名乗って敵将岑威を斬り、木牛流馬を多数奪取して撤収しています 。南征でも左軍に配され、馬忠とともに間道を伝って敵営を夜襲するなど、地の利を活かす任務を担います 。
 
人物像
戦術上の不利を理詰めで諫める一方 、軍法の場では副将としての責任と経過を整理して述べ 、戦局では危地への突入を自請して遂行する実行力を示します 。
 
関係人物
徐晃とは漢水戦線で副将として行動するが、方針対立と敗戦責任の転嫁を契機に離反します 。劉備は帰順後に偏将軍へ封じて用い 、諸葛亮のもとでは馬謖の副将として街亭に臨み 、張翼とは北伐で連携して危地に入る任を共にします 。
 
有名なエピソード
漢水戦線で徐晃の叱責を受けたのち、夜陰に紛れて蜀へ投降し、劉備に容れられて案内役として重用されたこと 。街亭馬謖の山上布陣を諫めつつも容れられず、敗因の経過を軍法で陳述したこと 。魏の輜重隊を急襲して岑威を討ち、木牛流馬を奪取したこと 。
 
有名なセリフ
丞相。それがしが赴きましょう」 。
「成功するや否やなどは考えておりません……ただ一死を以て国に報ぜんとするあるのみです」 。
「諸軍、命をすてて戦え」 。
 
史実との違い
吉川三国志では、魏からの帰順の経緯や木牛流馬の奪取などを軸に前線の実務と忠節が強調され、史実・演義で語られる経歴の細部とは配置や描写の重心が異なる場合があります。
「王平」の基本情報
総登場回数
91回
活動期間
3巻にわたって登場
初回登場
図南の巻
最終登場
五丈原の巻
最も活躍した巻
五丈原の巻 (65回登場)
「王平」登場回数
合計: 91回
0 16 32 48 65 0 桃園の巻 0 群星の巻 0 草莽の巻 0 臣道の巻 0 孔明の巻 0 赤壁の巻 0 望蜀の巻 6 図南の巻 20 出師の巻 65 五丈原の巻
最終更新日: 約3時間前