受禅台

冒頭
受禅台(じゅぜんだい)とは、天子が皇位を「禅る」儀式を行うために築かせた高台です。吉川英治三国志』では、漢から魏への帝位移行を形式化する装置として位置づけられます。
 
概要
作中で賈詡は、曹氏が帝位を奪ったとの世評を避けるため、華歆に高台を造営させ「受禅台」と名づけ、天子自らが玉璽を捧げて魏王へ禅譲する大典を挙行する案を示します。
 
歴史
受禅台は繁陽(はんよう)の地を選んで築かれ、その年十月に竣工したとされます。三重の高台と式典の四門が設けられ、朝廷王府の官員、御林軍、虎賁軍など多数が列し、庚午の日に献帝が台上で禅譲の冊文を読み、曹丕が儀式の後に台へ上って玉璽を受けます。
 
意味
「受禅」は、天命にもとづく平和的な王朝交代という古典的な形式を指し、実力による簒奪を儀礼で覆う政治的意味を帯びます。作中でも、禅譲を「大典」として整え、僭位への批判を抑える意図が明示されています。
 
関連人物
賈詡は受禅台造営を提案し、華歆がその内意を受けて段取りを進める人物として描かれます。禅譲の当事者は献帝曹丕で、献帝が台上で冊文を読み、曹丕玉璽を受けて魏帝となります。
 
史実との違い
吉川三国志では「受禅台」が董卓の即位計画にも用いられる語として登場しますが、董卓は実際には即位に至らず、この点は作中の誇張・仮構として扱われています。
「受禅台」登場回数
合計: 5回
0 0 1 1 2 0 桃園の巻 1 群星の巻 2 草莽の巻 0 臣道の巻 0 孔明の巻 0 赤壁の巻 0 望蜀の巻 0 図南の巻 2 出師の巻 0 五丈原の巻
最終更新日: 約4時間前