子午谷

冒頭
子午谷(しごこく)とは、秦嶺を越えて漢中方面から関中長安へ通じる山谷の道筋の一つです。蜀が北伐で魏の中枢に迫る際、正面の大路とは別に「虚を衝く」奇道として論じられます。
 
概要
吉川英治三国志』では、蜀軍が沔陽まで進出して長安に魏の布陣があると知れた局面で、魏延が少数精鋭で秦嶺を越え子午谷を通り、敵の混乱と兵糧焼討ちを狙う案を説きます。
 
歴史
子午谷は険阻な山谷で、大軍の展開や補給が難しい反面、守りが薄い隙を突けば短期に要地へ迫れる可能性があると見なされます。一方で、孔明は「山際の切所を断たれれば帰還不能」として、五千の兵が生還しない危険を挙げ、魏延の案を退けて隴右の大路へ出る正攻法を選びます。
 
関連人物
魏側でも司馬懿は「孔明の立場なら、まず子午谷から長安へ入る作戦をとる」と想定しつつ、孔明の用兵は慎重で不敗の地を取るため「おそらく、それを為すまい」と読みます。
蜀側では魏延が子午谷経由の急襲を主張し、諸葛亮は補給線遮断の危険を理由に採用しません。
 
史実との違い
吉川三国志では子午谷は魏延の献策と孔明の不採用として整理されるが、史実や他資料では子午谷奇襲案の具体性や伝承の位置づけに論点があります。
「子午谷」登場回数
合計: 2回
0 0 1 1 2 0 桃園の巻 0 群星の巻 0 草莽の巻 0 臣道の巻 0 孔明の巻 0 赤壁の巻 0 望蜀の巻 0 図南の巻 0 出師の巻 2 五丈原の巻
最終更新日: 約6時間前