幼平

冒頭
幼平(ようへい)とは、呉の武将・周泰(しゅうたい)の字(あざな)で、孫策孫権兄弟に仕えた将です。作中では、九江潯陽湖に拠る湖賊の一人として蒋欽(字・公奕)と連れ立って孫策の前に現れ、「弟分の幼平」と名乗ります。
 
生涯
孫策の軍に加わる際、牛渚の砦へ潜入し、内側から火を放つなどの働きを手柄として差し出し、配下に入ります。 その後、孫策は弟の孫権周泰を付けて宣城を守らせ、周泰孫権の近侍として用いられます。 宣城では孫権を救うため甲冑を着けず賊中に斬り込み、全身に多数の槍刀創を負う重傷を負います。 また、周瑜配下として夷陵救援では単騎で包囲を突破し、城中の甘寧と連絡を取り作戦を通します。
 
人物像
孫権の危地に際して自ら前へ出る護衛役として描かれ、戦場での機転と、負傷を顧みない実行力が特徴となります。濡須の戦では孫権を救出するため血路を開き、さらに味方救援のため戦場へ戻るなど、主君の安全確保を第一に行動します。
 
関係人物
蒋欽(字・公奕)とは潯陽湖の湖賊時代から行動を共にし、孫策への帰順も連れ立って行います。 孫権には近侍の将として付けられ、危急の場で直接に救援へ赴きます。 周瑜の麾下では、夷陵甘寧と連絡して包囲突破を支えます。
 
有名なエピソード
濡須城に帰陣後、孫権が宴で周泰の功を称え、肌を脱がせて創痕を示させ、創痕を忠義の証として衆に見せる場面があります。 また水戦では、韓当を援けて投げ槍で敵将を討ち、続けて敵船へ躍り込んで斬り伏せ分捕る働きが語られます。
 
有名なセリフ
周泰はここにいますっ。周泰はこれにありっ。早く此方へ来給え」
 
史実との違い
吉川三国志では、周泰(字・幼平)を蒋欽と並ぶ湖賊出身として孫策に帰順させる経緯が明確に語られる一方、史実・演義での細部の描写や活躍の配分は作品ごとに異なります。
「幼平」の基本情報
総登場回数
2回
活動期間
1巻にわたって登場
初回登場
草莽の巻
最終登場
草莽の巻
最も活躍した巻
草莽の巻 (2回登場)
「幼平」登場回数
合計: 2回
0 0 1 1 2 0 桃園の巻 0 群星の巻 2 草莽の巻 0 臣道の巻 0 孔明の巻 0 赤壁の巻 0 望蜀の巻 0 図南の巻 0 出師の巻 0 五丈原の巻
最終更新日: 約4時間前