長坂坡
冒頭
長坂坡(ちょうはんは)とは、荊州の当陽(とうよう)付近にある地名で、劉備軍が潰走するさなか曹操軍に追撃され、長坂橋(ちょうはんきょう)をめぐる攻防が生じた場所です。趙雲がこの地までたどり着き、橋上に単騎で構える張飛の姿を望む場面として示されます 。
概要
長坂坡は、劉備の一行が家族・随員を伴って退く局面で、軍の分断・混乱が極まる地点として位置づけられます。曹操は諸将の兵を同一方向へ集中させ、長坂坡へ迫ることで劉備側の所在を突き止め、殲滅を狙う動きが語られます 。
歴史
長坂坡周辺は、追撃する大軍と逃走する一隊が交錯しやすい地勢として扱われ、長坂橋は河川を隔てて退路を確保する要点となります。張飛は橋東岸の密林に少数の騎兵を伏せ、馬尾に枝を結び往来させることで兵力を多く見せ、橋上に単騎で立って追撃軍を牽制する策が描かれます 。追撃側は橋上の張飛を認め、さらに林中の動静から伏兵を疑って進退をためらう経過が示されます 。その後、劉備側が長坂橋を焼いて退いたことも述べられます 。
関連人物
趙雲は、主君の眷属や幼主阿斗の守護を任じられ、乱戦の中で行方不明となった二夫人・阿斗らを捜索するため、長坂坡のほうへ馬を返す決意が示されます 。また趙雲は阿斗を抱えて突破し、疲弊したまま長坂橋を渡って味方へ合流する経過が語られます 。張飛は、趙雲救援のため橋へ駆けつけ「あとは引受けた」と告げ、橋周辺で追撃軍を阻む役割を担います 。
史実との違い