冒頭 都門(ともん)とは、都城の門、または都の出入口を指す語です。吉川英治『三国志』では「洛陽の都門」など、王朝の都に設けられた城門を具体的に示す用法と、都を出入りすること自体を表す比喩的な用法の双方で現れます。 概要 ...
冒頭 遷都(せんと)とは、王朝の都を別の地へ移すことです。 概要 吉川英治『三国志』では、遷都は単なる行政上の移転ではなく、天子の所在を握って政権の正統性と実権を掌握するための政治行為として現れます。都は宮殿・官衙・...
冒頭 諸侯(しょこう)とは、天子の下に爵位や封土を与えられた諸国の君主・領主の総称で、後漢末の文脈では州牧・刺史・太守などの地方官が軍事力を背景に自立し、各地で割拠する有力者を広く指す呼び名です。黄巾の乱以後、地方の長が逃散・...
冒頭 虎牢関の三戦(ころうかんのさんせん)とは、董卓軍が洛陽南方の要害虎牢関に拠った際、関前の野戦で呂布が劉備・関羽・張飛の三人を相手に激闘し、のちにこの一日の戦いを指して呼ばれる呼称です。 概要 虎牢関は「南へ五十...
冒頭 河内太守(かだいたいしゅ)とは、後漢の地方行政区画である河内郡を統治する長官で、郡政と軍事動員を担う官職です。吉川英治『三国志』では、反董卓連合に加わる諸侯の一人として「河内郡の太守 王匡」が挙げられます 。 概要 ...
冒頭 汜水関(しすいかん)とは、洛陽へ通じる要路に置かれた関門で、董卓勢が関中・洛陽方面の防衛線として重視した要害です。吉川英治『三国志』では、董卓が華雄に命じて「汜水関へ下って、よく嶮を守り、わが洛陽を安んぜよ」と守備を任せ...
冒頭 河内郡(かだいぐん)とは、後漢の行政区分である郡の一つで、洛陽周辺と河北方面をつなぐ要地として作中に現れる地域です。袁紹が兵をまとめて一時ここへ移り、曹操も敗戦後の退路として河内郡を選ぶ場面があるため、諸勢力の集結地・退...
冒頭 開封(かいほう)とは、中国河南(かなん)地方にある都市で、後漢末の中原における交通・軍事の要衝の一つです。 概要 吉川英治『三国志』では、曹操の父・曹嵩が住む地として描かれる陳留(ちんりゅう)の位置を示す目安と...
冒頭 中牟県(ちゅうぼうけん)とは、後漢末の河南(現在の河南省)に置かれた県で、洛陽の東方、開封と鄭州の中間にあたる地域として示されます。 概要 中牟県は、洛陽から東へ抜ける交通路に近い県域として位置づけられ、関門の...
冒頭 丞相府(じょうしょうふ)とは、丞相が政務を執り、配下の官吏が出仕して行政・軍事の実務を処理する官庁兼居所のことです。 概要 丞相は皇帝を補佐する最高位級の官職で、丞相府はその執務の中心となる施設を指します。府に...
冒頭 治世の能臣、乱世の姦雄(ちせいののうしん、らんせいのかんゆう)とは、平時には有能な臣下として秩序に奉仕する一方、乱世には権謀をもって覇を競う存在となる、という人物評です。吉川英治『三国志』では、洛陽の名士・許子将が若き曹...
冒頭 北都尉(ほくとい)とは、後漢の都である洛陽に置かれた、宮城や禁中の警備・取締りにあたる武官職です。吉川英治『三国志』では、曹操が二十歳で初めて就いた官職として示され、任務は皇宮の警吏であると説明されています。 概要 ...
冒頭 司隷(しれい)とは、後漢の首都圏をさす行政区分および、その地域の監察・治安を担った官職名に関わる呼称です。作中では主に司隷校尉(しれいこうい)として現れ、袁紹がその職にあることや 、劉備が自らの官位を記す際の肩書として用...
冒頭 初平(しょへい)とは後漢の年号の一つで、献帝の治世初期に用いられた改元名です。董卓が朝廷を専断し、献帝を擁立した直後に「年号も初平元年と改められた」と示され、政権の実権が董卓側に移った時期を指し示す年代標識として機能しま...
冒頭 函谷関(かんこくかん)とは、関中の長安方面と洛陽を結ぶ交通の要衝に置かれた関所で、山地の隘路を押さえて軍事・行政の往来を統制する施設です。 概要 函谷関は、黄河中流域から関中へ入る「門」として機能し、大軍の通過...
冒頭 永安宮(えいあんきゅう)とは、吉川英治『三国志』で、時期により二つの場所を指して用いられる宮殿名です。後漢末には董卓が廃帝(弘農王)と何太后を幽閉した洛陽の宮中の一郭をいい 、蜀漢では夷陵敗戦後の劉備が白帝城に退いてから...
冒頭 宗廟(そうびょう)とは、王朝・国家が祖先(歴代君主や宗族の祖)を祀るために設ける廟で、王統の継続と正統性を象徴する施設です。皇帝が臣下に「国家の宗廟が保たれている」と述べて、国家存続と同義に扱う用例が見られます 。 概...
冒頭 伍瓊(ごけい)とは、後漢末に洛陽で董卓政権下の官人として登場する人物で、城門を管掌する校尉の職にあった者です。 生涯 董卓が朝廷を威圧して帝位廃立や政務を進める局面で、侍中の周毖、議郎の何顒らと並んで名を挙げら...
冒頭 禁裡(きんり)とは、天子の居所である宮城、とくに皇帝の居住区域を指す呼称です。吉川英治『三国志』では、洛陽などの正規の宮城だけでなく、帝が移動して仮に御所を置いた場所も「御所となれば、ここは即座に禁裏」とされ、空間そのも...
冒頭 太傅(たいふ)とは、後漢から三国時代にかけて置かれた高位の文官職で、君主や皇太子を補佐し、政治上の助言や儀礼上の監督を担う地位です。吉川三国志では、劉備が漢中王に即いた際に嫡子劉禅の教育・補佐役として許靖が太傅に任ぜられ...
冒頭 騎都尉(きとい)とは、後漢を中心に用いられた武官の官職名で、都尉の一種として騎兵の指揮や宮廷・中央軍の軍務に関わる地位です。 概要 「都尉」は軍事・警備を担う中級の武官層を指し、その職掌が「騎」に関わるものが騎都尉と呼...
冒頭 宗廟社稷(そうびょうしゃしょく)とは、王朝の祖先をまつる宗廟と、土地神・穀物神をまつる社稷を併せた語で、転じて国家・王統そのものを指す言い方です。董卓が「宗廟社稷を護りかためて」仁徳ある天子を要すると論じ、帝位の廃立を正...
冒頭 温明園(おんめいえん)とは、後漢王朝の都に属する宮苑の一つとして語られる園地で、宮廷の饗宴や集会の場として用いられる施設です。吉川英治『三国志』では、董卓が朝廷の文武百官を招いて大宴会を開く舞台として登場します。 概要...
冒頭 内裏(だいり)とは、皇帝が政務や居住を行う宮城の中枢部で、外朝に対する内廷にあたる区域です。吉川英治『三国志』では、洛陽の王城にある禁中として描かれ、政変の現場となります。 概要 内裏は、天子の身辺と直結するた...
冒頭 伝国の玉璽(でんこくのぎょくじ)とは、天子の印章として国土の継承と正統を示す朝廷の宝器です。孫策の周辺では「玉璽といえば、天子の印章」と説明され、これを持つことが帝位僭称の根拠になり得るものとして扱われます。 概要 ...