甘粛
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「甘粛」登場回数
合計: 10回「甘粛」が登場する場面
7件中原を指して
夏侯楙はひと支えもできなかった。父夏侯淵とは余りにも似ない貴族らしさを多分に持った彼とその幕下は、逃げ崩れてゆく姿まで絢爛だった。そして南安郡(甘粛省・蘭州の東)の城中へ入り、これへ諸方の大軍を吸って堅固を恃んだ。南安は著名な堅城である。日ならずして、続々これへ寄せてきた趙雲、関興、鄧芝、張苞などは、四方を囲んで力攻したが、昼夜十数日の喊声も、そこの石垣の石一つ揺がすことはできなかった。
大権転々
一。 西涼(甘粛省・蘭州)の地方におびただしい敗兵が流れこんだ。 郿塢の城から敗走した大軍だった。 董卓の旧臣で、その四大将といわれる李傕、張済、郭汜、樊稠などは、連名して、使者を長安に上せ、 。
舞刀飛首
白皙秀眉、丹唇をむすんで、唯々として何進の警固についてはいるが、どうもその輦の中にある上官よりも典軍の一将校たる彼のほうが、もっと底の深い、もっと肚も黒い、そしてもっと器も大きな曲者ではなかろうかと見られた。 × × × 。 ここに、西涼(甘粛省・蘭州)の地にある董卓は、前に黄巾賊の討伐の際、その司令官ぶりは至って香しくなく、乱後、朝廷から罪を問われるところだったが、内官の十常侍一派をたくみに買収したので、不問に終ったのみか、かえって顕官の地位を占めて、今では西涼...
蛍の彷徨い
千翻の旗、錦繍の幡旗、さっと隊を開いたかと見れば駿馬は龍爪を掻いて、堂々たる鞍上の一偉夫を、袁紹の前へと馳け寄せてきた。 これなん先頃から洛陽郊外の澠池に兵馬を駐めたまま、何進が再三召し呼んでも動かなかった惑星の人――西涼の刺史董卓であった。 董卓、字は仲穎、隴西臨洮(甘粛省岷県)の生れである。身長八尺、腰の太さ十囲という。肉脂豊重、眼細く、豺智の光り針がごとく人を刺す。
西涼ふたたび燃ゆ
一。 忽然と、蒙古高原にあらわれて、胡夷の猛兵をしたがえ、隴西(甘粛省)の州郡をたちまち伐り奪って、日に日に旗を増している一軍があった。 建安十八年の秋八月である。この蒙古軍の大将は、さきに曹操に破られて、どこへか落ちて行った馬騰将軍の子馬超だった。
西部第二戦線
軍中の荷駄には駱駝を用い、またその上に長槍をひっさげてゆく駱駝隊もあった。駱駝の首や鞍には、沢山な鈴をさげ、その無数の鈴の音と、鉄戦車の轍の音は、高原兵の血をいやが上にも昂ぶらせた。かくてこの大軍が、やがて蜀境の西平関(甘粛省)へ近づいていた頃、寝耳に水、いま祁山と渭水のあいだに在る孔明の所へ、 。「西部の動きただならず、急遽、援軍を仰ぐ」との早馬があった。 孔明もこれには、はたと色をかえて考えこんだ。
馬騰と一族
「それを実は、予も、敵国の勃興以上に、憂えているところだ」と、正直に云った。「こうなさい――」荀攸は立ちどころに献策した。「西涼州(甘粛省・陝西奥地一帯)の太守馬騰をお召しになり、彼の擁している匈奴の猛兵や、今日まで無傷に持たれている軍需資源をもって、玄徳を討たせるのです。そしてなお大令を発し給えば、各地の諸侯もこぞって参戦しましょう」 。「そうだ。