冒頭 張挙(ちょうきょ)とは、黄巾の乱後に河北の漁陽で起った反乱における賊徒の首魁として名が挙がる人物です。作中では張純と並んで「漁陽を騒がした……謀叛」と記され、後漢末の地方動乱の一例として位置づけられます。 生涯 ...
冒頭 清談(せいだん)とは、政治的利害や実務から距離をおき、人物評・玄理・名教などを題材に「清らかな言葉」で交わす知識人層の談論文化です。 概要 「清」は俗務や功利から離れた態度を、「談」は議論・対話を指します。後漢...
冒頭 大尉(たいい)とは後漢末から魏にかけて朝廷の重職として置かれた官職名で、国家の軍政を統轄する最高位級の文武官を指します。 概要 大尉は、朝廷の中枢に位置する職として、政務全般に参与しつつ、とくに軍事・国防や官僚...
冒頭 建安七子(けんあんしちし)とは、後漢末の建安年間に、曹操政権の周辺で文名を高めた七人の文人をまとめて呼ぶ語です。建安は後漢献帝の年号で、作中でも「建安七年」などの形で時代を示す区切りとして用いられます。 概要 ...
冒頭 列侯(れっこう)とは、漢代以来の爵位の一種で、国家から封地と爵号を与えられて諸侯の列に連なる身分のことです。曹操が政権を整える過程で「旧臣十三人を列侯に封じ」たように、功臣を遇する恩賞として用いられます 。 概要 ...
冒頭 嘉徳殿(かとくでん)とは、後漢の都洛陽の宮城にあった殿舎名で、皇帝が百官を集めて政務や儀式を行う場として扱われる建物です。何進が「天子…嘉徳殿において、崩御」と告げるように、霊帝の崩御の場所としても語られます。 概要 ...
冒頭 建安文学(けんあんぶんがく)とは、後漢末の建安年間を中心に、曹操政権の周辺で隆盛した詩文の総称です。吉川英治『三国志』では、建安の年次が政局の区切りとして語られ、たとえば建安九年の冀州平定など時代の推移が示されます。 ...
冒頭 典軍(てんぐん)とは、軍事をつかさどる役目を指す官職名です。字義としての「典」は「つかさどる」意で、軍の指揮・統制に関わる実務を担当する職掌を表します。 概要 吉川英治『三国志』では、蜀軍の陣営・官職を列挙する...
冒頭 八陣図(はちじんず)とは、八門に区分した陣法として説明され、攻め手を迷わせ分断しつつ、要所から討って利を得ることを狙う布陣です。 概要 吉川英治『三国志』では、諸葛亮(孔明)が布く「八卦の陣」として語られ、休・...
冒頭 蹇碩(けんせき)とは、後漢末の宮廷で勢力をふるった宦官集団である十常侍の一人で、霊帝の病中から皇位継承と政変に関わる策動を行った人物です。 生涯 霊帝が重病となり、何后の皇子弁と、王美人の皇子協の後継争いが宮中...
冒頭 魏の五将(ぎのごしょう)とは、魏の中核をなした有力武将のうち、張遼(ちょうりょう)・楽進(がくしん)・于禁(うきん)・張郃(ちょうこう)・徐晃(じょこう)の五名を、まとめて呼ぶ用語です。作中でも張遼や楽進が軍の部隊指揮官...
冒頭 協皇子(きょうおうじ)とは、後漢の霊帝の皇子で、のちに陳留王(ちんりゅうおう)を経て献帝(けんてい)として即位する人物です。霊帝の寵姫である王美人が生んだ皇子協であり、何后の嫉妬によって王美人が害され、協は董太后に預けら...
冒頭 江表十二虎臣(こうひょうじゅうにこしん)とは、長江以南の呉の武将のうち、勇猛と軍功で知られる十二名を一括して呼ぶ呼称です。吉川英治『三国志』では、周瑜配下や孫権軍の主力として、韓当・黄蓋・蒋欽・周泰・凌統・潘璋・呂蒙・陸...
冒頭 弁皇子(べんおうじ)とは、後漢の霊帝の皇子で、何后(のち何太后)が生んだ皇子です。外戚としての何進が権勢を得る背景ともなり、宮廷の後継争いの焦点となりました。 生涯 霊帝の病が重くなると、宮中では弁皇子と、王美...
冒頭 虎臣(こしん)とは、虎のように勇猛で、主君の左右にあって護衛や軍事の中枢を担う忠勇の臣下をたとえる昔の言い方です。 概要 中国の古典語では、虎は猛威・武勇の象徴であり、そこから勇将・親衛を示す語に結びつきます。...
冒頭 定県(ていけん)とは、後漢末から三国時代にかけての華北に置かれた県の一つで、吉川英治『三国志』では中山府の所在地として「河北省・定県」と注記される地名です。 概要 作中では、劉備が朝廷の辞令によって「中山府(河...
冒頭 洛陽宮(らくようきゅう)とは、後漢の都・洛陽に置かれた皇帝の宮城で、天子の政務と後宮生活の中枢となる施設群です。霊帝が重病に伏した場所としても示され、宮廷の権力抗争が表面化する起点の一つになります。 概要 洛陽...
冒頭 五虎大将軍(ごこだいしょうぐん)とは、蜀の劉備が漢中王として即位したのち、関羽・張飛・馬超・黄忠・趙雲の五将をひとまとめに任じた、蜀の最高位級の軍職です。 概要 建安二十四年秋七月、沔陽で劉備の即位が行われ、諸...
冒頭 中平(ちゅうへい)とは、後漢の霊帝(在位168-189)が用いた年号の一つで、黄巾の乱以後の動揺期を数える年代表示です。作中でも「時は、中平六年の夏だった」として、霊帝の病と宮廷中枢の動きが叙述され、政局の転換点を示す年...
冒頭 九伐中原(きゅうばつちゅうげん)とは、蜀漢が魏の支配する中原へ繰り返し軍を進めた遠征を、回数を数えて「九度の伐(う)ち入り」と総称する言い方です。 概要 「中原」は中国の政治的中枢を指す語で、蜀にとっては魏の都...
冒頭 六出祁山(りくしゅつきざん)とは、蜀漢の丞相・諸葛亮孔明が、魏の中枢である長安方面へ進出するため、要衝の祁山を拠点として繰り返し出兵した一連の北伐を「六度(六回)祁山に出る」と数えて呼ぶ言い方です。司馬懿が「孔明三年の歳...
冒頭 樊城の戦い(はんじょうのたたかい)とは、関羽が荊州軍を率いて魏の要地樊城を包囲し、守将曹仁を追い詰める一方、魏の援軍于禁・龐徳らを洪水を機に撃破して大勝するが、背後で荊州が動揺して戦局が反転していく一連の攻防です。 概...
冒頭 五台山(ごだいさん)とは、吉川英治『三国志』において、玄徳(劉備)・関羽・張飛が追手を逃れて到達し、一時身を寄せることになる代州方面の山地とその麓を指す地名です。 概要 作中では「代州(山西省・代県)のほうへ向...
冒頭 漢中争奪戦(かんちゅうそうだつせん)とは、蜀の劉備軍が漢中を攻略し、これを魏の曹操が奪回しようとして両軍が漢中一帯で衝突した一連の戦いです。漢中は肥沃で生産が多く、国境防衛の要と位置づけられ、失陥すれば魏国内が震動すると...
冒頭 芙蓉娘(ふようじょう)とは、吉川英治『三国志』に登場する女性で、姓は鴻、名は芙蓉という、地方の県城を預かっていた領主の娘です。黄巾賊の乱で城と家が滅び、老僧に古塔へ匿われていたところを劉備に託され、白馬で落ちのびます。 ...