冒頭 王則(おうそく)とは、曹操配下の官人で、徐州の呂布に対する正式の使者として派遣された奉車都尉です。 生涯 作中では、曹操が張繍攻めに踏み切る前、呂布の動静を憂えて出陣をためらった際に、呂布へ官位昇進と恩賞を与え...
冒頭 奉車都尉(ほうしゃとい)とは、後漢王朝の官職の一つで、天子の車駕に関わる近侍・護衛系の任務を担う「都尉」級の職です。使者として諸侯のもとへ派遣されることもあり、朝廷の命令を伝える役目を負いました。 概要 名称の...
冒頭 魏続(ぎぞく)とは、呂布(りょふ)の配下の武将で、下邳(かひ)の籠城戦で宋憲(そうけん)・侯成(こうせい)らと結んで呂布を捕縛し、曹操(そうそう)軍の入城を招いた人物です。 生涯 呂布軍の将として徐州方面の戦い...
冒頭 宋憲(そうけん)とは、呂布の配下として徐州・下邳の陣営に属し、侯成・魏続と並んで行動し、のちに呂布捕縛の内応に加わる武将です。 生涯 呂布配下の将として軍務に就き、軍馬強奪事件の処理では責任を問われ、強奪の首謀...
冒頭 陳闌(ちんらん)とは、淮南の袁術政権に属した武将で、袁術の配下として軍議に列し、のちに袁術を見限って離反した人物です。 生涯 袁術が勢力を拡大していた時期、陳闌は雷薄らと並ぶ「歴々」の将として名を連ね、孫策から...
冒頭 雷薄(らいはく)とは、淮南を根拠とした袁術の配下として登場する武将で、袁術政権の動揺と瓦解の過程に関わる人物です。 生涯 袁術が孫策から伝国の玉璽返還を迫られた際、雷薄は紀霊・橋甤・陳闌らと並ぶ「歴々」の将とし...
冒頭 橋甤(きょうずい)とは、淮南を根拠とした袁術配下の武将で、袁術政権の諸将の一人として軍議に列し、対外戦の前線を担った人物です。 生涯 袁術が孫策から伝国の玉璽返還を求められた際、橋甤は紀霊・雷薄・陳闌らとともに...
冒頭 長勲(ちょうくん)とは、淮南の群雄・袁術の配下に列する将で、作中では軍議の場で「都督 長勲」として名が挙がる人物です。 生涯 袁術が孫策から伝国の玉璽返還を求められた際、袁術の幕下の将として会議に列し、紀霊・橋...
冒頭 劉使君(りゅうしくん)とは、劉備玄徳を「使君」と敬って呼ぶ呼称です。吉川英治『三国志』では、劉備が徐州方面で太守として推戴される文脈や、諸侯・将が劉備を名指して呼ぶ場面で用いられます。 概要 「使君」は後漢末の...
冒頭 臨淮郡(りんわいぐん)とは、淮河流域に置かれた郡(地方行政区画)の一つです。 概要 吉川英治『三国志』では、袁術が徐州方面へ大軍を向けた際、南下してきた劉備軍と、袁術軍の大将・紀霊が衝突した地点として示されます...
冒頭 駆虎呑狼(くこどんろう)の計とは、強敵同士を衝突させて共倒れ、または弱体化させ、その間隙を突いて第三者が利益を得るための策略です。吉川英治『三国志』では、曹操が劉備(虎)を動かして徐州を空けさせ、呂布(狼)にその留守を襲...
冒頭 勅拝(ちょくはい)とは、天子の詔勅や勅使を迎えるにあたり、臣下が勅命に対して拝礼を行う正式の儀礼です。勅命を「個人からの手紙」ではなく国家最高権威の命令として受け取るための手続きで、受命者の立場や統治の正統性とも結びつき...
冒頭 詔勅(しょうちょく)とは、皇帝が国家の意思として臣下や諸勢力に下す命令・公布の総称です。吉川英治『三国志』では、官職の授与や討伐命令などを正統な権威づけに用いる「帝の命」として扱われます 。 概要 後漢末の動乱...
冒頭 二虎競食の計(にこきょうしょくのけい)とは、二匹の猛虎が同じ餌に引き寄せられて争えば、勝った側も傷つき、第三者がその隙に利益を得られるという発想にもとづく離間・誘導の策です。二者を直接討たず、利害や疑心を利用して共倒れに...
冒頭 牌印(はいいん)とは、官職や軍職を授けられた者が、その権限を公的に示すために所持する印章や、それに準ずる証憑を指す語です。吉川英治『三国志』では、州郡の統治権の移転を示す実務的な権標として扱われます。 概要 後漢末の地...
冒頭 陶太守(とうたいしゅ)とは、徐州を治めた陶謙(とうけん)を、郡の長官である太守として呼ぶ敬称・呼称です。吉川英治『三国志』では「徐州の太守|陶謙」として登場し、老境の地方長官として描かれます。 生涯 陶謙は徐州...
冒頭 陳の国(ちんのくに)とは、中国古代に存在した「陳(陳国)」という国名で、のち後漢期には同名の封国・行政区画(陳国)としても語られる地名です。 概要 三国時代の文脈で「陳」は、国名としてよりも、人名の姓として登場...
冒頭 潁州(えいしゅう)とは、吉川英治『三国志』において、汝南と並んで言及される中原の一帯を指す地名で、軍勢を養い備えるための地域として語られる土地です。 概要 作中では、兗州や徐州の情勢と関連づけて、曹操が兵站と兵...
冒頭 太守牌印(たいしゅはいいん)とは、漢代の地方官である太守に任命されたことを示す印章と、その権限を証する標識類を合わせた呼び名です。吉川英治『三国志』では、劉備が徐州の領主として立つ決断をした場面で「太守牌印」を受領するも...
冒頭 藤県(とうけん)とは、後漢末の地方行政区画である「県」の一つとして作中に現れる地名です。呂布が曹操の来襲を知り、藤県から泰山の山路を越えて引き返した行軍の記事が見えることから、兗州・徐州方面の戦況に関わる地点として位置づ...
冒頭 徐州侯(じょしゅうこう)とは、後漢末の徐州(じょしゅう)に結びつけて与えられる侯爵号として作中で用いられる称号です。陶謙が劉備玄徳に対し、自身に代わって「徐州侯の封を受け」領地の統治を引き受けるよう迫った場面に見える語で...
冒頭 報讐雪恨(ほうしゅうせっこん)とは、受けた害や屈辱に対して報復し、積もった恨みをすすいで解消することを意味する四字熟語です。作中では、曹操が父曹嵩の死を陶謙の罪として怨み、徐州討伐を発した際、軍の旗印として「報讐雪恨」と...
冒頭 華費(かひ)とは、徐州から兗州方面へ向かう途上にある山中の地名です。曹操の父曹嵩の一行が、悪天候のため山寺に入って宿泊した地点として現れます。 概要 華費は、陶謙が曹嵩一行を歓待して見送ったのち、護送役の張闓が...
冒頭 張闓(ちょうがい)とは、徐州の太守陶謙に属した武将で、曹操の父曹嵩の護送を命じられながら、途中で部下を煽動して一行を襲い、曹嵩らを殺害した人物です。 生涯 陶謙が曹嵩の一行を歓待したのち、張闓は五百の兵を付され...
冒頭 徐州城(じょしゅうじょう)とは、後漢末の徐州における政庁と軍事拠点を兼ねた城で、陶謙が守り、のちに劉備が入城して領民の支持を背景に徐州支配の中心となった城です。 概要 徐州は東方の要地として諸勢力の利害が交錯し...