公明

冒頭
公明(こうめい)とは、魏の武将・徐晃(じょこう)の字(あざな)です。吉川英治三国志』では「徐晃、字を公明と称ぶ勇士」として紹介され、楊奉の配下として帝を護衛する局面で名が明示されます 。
 
生涯
河東楊郡の出身とされ、楊奉の部下として行動し、李傕郭汜らの勢力が天子に迫る混乱の中で武名を示します。帝から「先に、大斧を揮っていた目ざましき勇士は何者か」と問われ、楊奉が「徐晃、字を公明」と奏上する場面が置かれています 。
のちに曹操陣営でも将として用いられ、官渡周辺では捕虜の証言をもとに兵糧輸送の要を突く策を曹操へ報告し、兵糧奉行韓猛の糧車を急襲して焼き討ちする役を買って出ます 。また、遷都の護衛をめぐって楊奉方として曹操軍に迫り、許褚と五十余合戦うなど、前線での働きも描かれます 。魏の右将軍として出陣した折、上庸城下で孟達の矢を受け落馬する場面もあります 。
 
人物像
得物として大斧を執り、突撃戦で敵陣を割る武勇の担い手として示されます 。一方で、敵情聴取を踏まえて兵糧線を断つなど、戦場での実務と判断にも役割が与えられています 。
 
関係人物
楊奉の配下として初出し 、その後は曹操の幕下で張遼許褚らと並んで行動します 。遷都の途上では曹操軍と直接対峙し、許褚と一騎討ちになります 。
 
有名なエピソード
天子護衛戦での奮戦と、「徐晃、字を公明」と帝前で名が確定する件 。官渡戦線での韓猛の兵糧襲撃 。許褚との五十余合の戦い 。
 
有名なセリフ
「願うところの敵、中途にて背後を見せるな」 。
 
史実との違い
吉川三国志では初出時から大斧の武勇が前面に出る一方 、史実や他伝承では徐晃は用兵・統率面の評価も大きいとされ、描写の比重が異なる場合があります。
「公明」の基本情報
総登場回数
9回
活動期間
5巻にわたって登場
初回登場
桃園の巻
最終登場
出師の巻
最も活躍した巻
桃園の巻 (2回登場)
「公明」登場回数
合計: 9回
0 0 1 1 2 2 桃園の巻 0 群星の巻 2 草莽の巻 0 臣道の巻 0 孔明の巻 0 赤壁の巻 2 望蜀の巻 2 図南の巻 1 出師の巻 0 五丈原の巻
最終更新日: 約2時間前