建章殿 地名 冒頭 建章殿(けんしょうでん)とは、洛陽の旧朝廷の禁中にあった殿舎の一つとして語られる宮殿建築です。董卓の遷都にともなう焼亡後も、その周辺は諸侯軍の活動拠点として扱われます。 概要 作中では、洛陽が焦土となったのち、諸侯連合の総帥・袁紹が「旧朝廷の建章殿の辺り」を本陣として、内裏の灰を掻かせ、荒廃した宗廟に仮宮を設けるなど、戦後処理と権力の中心地の一つとして位置づけられます。 歴史 建章殿そのものの創建事情は詳述されない一方で、洛陽の宮城が大火により長期にわたり焼け続け、殿舎・宗廟が破壊されたという状況の中で、その名が「旧朝廷」の象徴として挙げられます。 関連人物 孫堅は、諸侯が引き揚げた後に建章殿へ留まり、殿の階に坐して天文を占う場面があり、同時に「殿の南の井戸」からの光をきっかけに井戸を調べさせています。 また袁紹は、建章殿の井中から拾い上げられた物の提出を孫堅に迫り、これが伝国の玉璽をめぐる追及として展開します。 史実との違い 史実では「建章」は前漢長安の建章宮に結びつく名称として知られるのに対し、吉川三国志では洛陽の旧朝廷の殿舎名として用いられています。 「建章殿」登場回数 合計: 6回 0 0 1 2 3 0 桃園の巻 3 群星の巻 0 草莽の巻 0 臣道の巻 0 孔明の巻 0 赤壁の巻 3 望蜀の巻 0 図南の巻 0 出師の巻 0 五丈原の巻 「建章殿」が登場する場面 1件 珠 ここはまだ濛々と余燼のけむりに満ちている。 七日七夜も焼けつづけたが、なお大地は冷めなかった。 諸侯の兵は、思い思いに陣取って消火に努めていたが、総帥袁紹の本営でも、旧朝廷の建章殿の辺りを本陣として、内裏の灰を掻かせたり、掘りちらされた宗廟に、早速、仮小屋にひとしい宮を建てさせたりして、日夜、戦後の始末に忙殺されていた。「仮宮も出来あがったから、とりあえず、太牢を供えて、宗廟の祭を営もう」 。 袁紹は、諸侯の陣へ、使いを派して、参列を求めた。 群星の巻 本文 三国志 「建章殿」を全て検索