荊山
冒頭
荊山(けいざん)とは、楚(そ)の起源や、後に伝国の玉璽(ぎょくじ)の材となる璞玉(はくぎょく)の伝承と結び付けて語られる山地名です。
概要
吉川英治『三国志』では、直接の合戦・政争の舞台というより、古代史の引証として現れます。呉の群臣会議において周瑜が、楚は当初「荊山のほとり」の小領域から出発し、賢能の士を得て長い国運を開いた例として挙げ、呉が曹操に屈する必要はないという議論を補強します。
歴史・伝承
作中で荊山は、鳳凰が石に棲むのを見た人が石の心部を切り出し、楚の文王に献じた「稀世の璞玉」の由来地としても説明されます。のち秦の始皇帝が良工に磨かせ、方円四寸の玉璽に作り、李斯に「受命于天・既寿永昌」の八字を彫らせた起源譚へつながります。
関連人物
周瑜は楚の興起を想起して荊山を引き、時勢判断の材料とします。
史実との違い
吉川三国志での荊山は、楚の発祥や和氏璧・伝国璽に連なる伝承として整理されており、一般に流布する故事の枠内で用いられています。