終南山
冒頭
終南山(しゅうなんざん)とは、長安の南方に連なる山地で、関中の都城圏に近い山岳として、隠遁や潜伏、兵の集結にも用いられる場所です。吉川英治『三国志』では、長安から姿を消した楊奉がここに身をひそめ、献帝の行幸の動静を知ると、にわかに兵を率いて山を下る拠点として描かれます 。
概要
都に近い一方で山中に身を隠せる距離感があり、政変期には官軍・群雄・賊徒のいずれにとっても、出没の足場となり得る地勢を持ちます。物語中の楊奉は、李傕・郭汜らの動きで混乱する朝廷周辺から一旦距離を取り、終南山に潜むことで機をうかがっています 。
歴史
関中は漢王朝の旧都圏で、長安周辺では権力の空白や軍閥の争奪が起こりやすい状況が続きます。終南山は、その長安近傍にあって、都の情報に接しながら軍勢をまとめ直す余地を与える地として機能します。小説では、天子がここを通過すると知った楊奉が、手勢一千余騎を率いて急襲的に山を下り、行幸一行の周辺情勢を一変させる転換点となります 。
関連人物
楊奉(ようほう)は、長安から退いたのち終南山に潜み、献帝の行幸を契機に兵を動かして存在感を示します 。また、その配下として徐晃(じょこう)が続いて語られ、楊奉勢の軍事的実力を補強する人物配置になっています 。
史実との違い