鉅鹿郡 地名 冒頭 鉅鹿郡(きょろくぐん)とは、後漢代の中国に置かれた行政区画の一つで、作中では河北省に比定される地名として示されます 。 概要 「郡」は県をいくつも束ねる広域の地方単位で、中央から派遣される官によって統治されました。鉅鹿郡は華北の要地の一角として語られ、後漢末の動乱が地方へ波及してゆく際の背景となります 。 歴史 作中では、黄巾党の首領として台頭する張角が鉅鹿郡の人であることが明記され、黄巾の乱の発端に連なる土地として位置づけられます 。張角が「太平要術」を授かったという由来譚も、この出自の説明と連続して語られ、地方社会における宗教的・救済的言説が勢力化する契機として扱われます 。 関連人物 張角:鉅鹿郡の出身として紹介され、黄巾党の総大将として担ぎ上げられる人物です 。 史実との違い 吉川三国志では鉅鹿郡が張角の郷里である点と、太平要術授与の来歴が結びつけて語られます 。 「鉅鹿郡」登場回数 合計: 1回 0 0 0 0 1 1 桃園の巻 0 群星の巻 0 草莽の巻 0 臣道の巻 0 孔明の巻 0 赤壁の巻 0 望蜀の巻 0 図南の巻 0 出師の巻 0 五丈原の巻 「鉅鹿郡」が登場する場面 1件 流行る童歌 と、前提して、まず、黄巾党の起りから説きだすのだった。 今から十年ほど前。 鉅鹿郡(河北省)の人で、張角という無名の士があった。 張角はしかし稀世の秀才と、郷土でいわれていた。その張角が、あるとき、山中へ薬をとりに入って、道で異相の道士に出会った。 本文 桃園の巻 三国志 「鉅鹿郡」を全て検索