余杭
冒頭
概要
孫策が会稽方面へ勢力を伸ばし、王朗の軍が崩れたのち、呉郡一帯で自立していた厳白虎が敗走する途上の行先として余杭が挙げられます。厳白虎は余杭へ向かう途中、元代という人物に酒を飲まされ、熟睡中に首を斬られ、その首が孫策に献じられたとされます。
歴史
余杭は、江東(揚子江下流域)の諸勢力が割拠する局面で、敗将が落ちのびようとする先として登場し、孫策の江東平定が進むにつれて在地勢力が脱落していく推移を示す地名の一つとなっています。厳白虎の討たれ方とその後に会稽城が孫策の手に落ちた経緯が連続して語られ、江南の統治権が孫策側へ集約されていく前提として位置づけられています。
関連人物
孫策は厳白虎の首級を受け、会稽を制したのち一帯の支配を固めていきます。 厳白虎は呉郡で勢威をふるった在地の雄として語られ、余杭はその最期に連なる地名として現れます。 元代は厳白虎を殺害して孫策に首を献じ、恩賞を受けた人物として短く登場します。
史実との違い