揚子江
冒頭
概要
吉川英治『三国志』では、大江とも呼ばれる水上交通と軍事行動の基幹であり、江の流れに沿う地域が「江東の地」として呉の勢力圏を形づくる前提となります。 また、山上から「長江千里の水」を望む描写では、沿岸の湖沼と連なる広大な水系として示され、江南・江北を分かつ自然の境界でもあります。
歴史
揚子江流域は、呉の水軍運用と対岸侵攻の可否を決める戦略空間として扱われます。たとえば、魏が揚子江を挟んで呉水軍と大江上戦を決し、対岸へ敵前上陸して建業へ迫る作戦が語られ、江が防衛線であると同時に攻勢の回廊でもあることが示されます。 また、孫策が兵船を整えて長江に浮かび出て溯江し、牛渚などの要地をめぐって戦う展開から、江上機動が江東経略の中心であることが分かります。
関連人物
孫堅・孫策の勢力は揚子江沿岸の戦争と結びついて語られ、兵糧や軍船の準備が江の戦局を左右します。 赤壁の会戦は「現今の揚子江流域」にまたがる水陸の複雑な地域として説明され、曹操・周瑜・黄蓋らの大規模な水上戦の舞台となります。