太傅

冒頭
太傅(たいふ)とは、後漢から三国時代にかけて置かれた高位の文官職で、君主や皇太子を補佐し、政治上の助言や儀礼上の監督を担う地位です。吉川三国志では、劉備漢中王に即いた際に嫡子劉禅の教育・補佐役として許靖が太傅に任ぜられ、また魏でも新体制の要職として鍾繇が太傅に据えられるなど、政権の権威づけに用いられる官名として登場します。
 
概要
太傅は本来、皇太子の師傅として学問・礼制を授け、将来の君主の政務を支える役割と結びつく官職です。一方で実務官というより、徳望ある重臣を遇する名誉職として授けられる場合もあり、政権内での序列や正統性を示す称号として機能しました。
 
意味
字義としては「太」は最上位、「傅」は補導・補佐を表し、国家の根幹である君主継承や朝廷儀礼に関与する立場を含意します。作中でも、太傅許靖朝廷の大典や故実の調査に加わるなど、礼制・典礼に近い領域を担う重臣として扱われます。
 
関連人物
許靖劉禅の太傅として任ぜられ、鍾繇は魏の太傅として挙げられます。また洛陽では袁紹の叔父の袁隗が太傅の官にあり、董卓がこれを警戒して粛清に及ぶ経緯が描かれます。
 
史実との違い
吉川三国志での太傅は、太子の補導職・重臣の高位官としての性格を併せ持つ官名として示され、史実や一般的な制度理解と大きくは齟齬しない扱いです。
「太傅」登場回数
合計: 12回
0 1 3 4 6 1 桃園の巻 3 群星の巻 0 草莽の巻 0 臣道の巻 0 孔明の巻 0 赤壁の巻 0 望蜀の巻 1 図南の巻 6 出師の巻 1 五丈原の巻
最終更新日: 約4時間前