孫韶

冒頭
孫韶(そんしょう)とは、呉の若い将軍で、字は公礼(こうれい)です。吉川英治三国志』では孫権の甥として位置づけられ、国防の前線で都督徐盛の方針に反発しつつも戦功を立てる人物として描かれます。
 
生涯
魏の征呉軍が淮水方面へ迫った際、孫韶は「江北へ渡って先制すべき」と主張し、守勢を採る徐盛と対立します。
軍令に従わず強硬に迫ったため徐盛に処断を命じられますが、孫権が「義理ある兄の子」であり愈氏の相続にも関わるとして助命を請い、死罪は免れます。
その後、孫韶は部下を率いて独断で江を渡り、徐盛丁奉に救援を命じます。
戦後の論功では、孫韶は敵地へ入り魏軍中枢を衝く働きにより戦功第一に推されますが、孫権は大局の計を立てた徐盛を第一とし、孫韶は第二の扱いとなります。
 
人物像
血気と自負が強く、軍律による統制よりも自らの先制論を優先し、上官に対しても公然と不服を述べます。徐盛への拝謝を命じられても拒み、なお「作戦には服しない」と言い切る態度が示されます。
 
血縁
作中では孫堅の寵妾兪氏の子として挙げられ、字は公礼と明記されています。
 
関係人物
孫権とは甥と叔父の関係として描かれ、孫権は孫韶を庇護しつつも軍法との板挟みになります。
徐盛とは国防方針をめぐる対立関係にあり、処断命令と助命嘆願を通じて、呉軍の統制と人情の衝突が示されます。
丁奉は、孫韶の独断渡江の後に救援として派遣されます。
 
有名なエピソード
徐盛軍紀維持のため孫韶の斬刑を命じ、武士が執刀をためらう間に孫権が駆けつけて助命する一件が語られます。
助命後も孫韶は服従せず、その夜に兵を率いて無断出撃し、戦功へつながっていきます。
 
有名なセリフ
「いやです!」(徐盛への拝謝を拒否する言葉)
「懦弱きわまる都督の作戦には、今後とも服しません。」
 
史実との違い
吉川三国志では孫韶を孫堅の子で孫権の甥としますが、史実では富春の孫河の子で、孫家宗室の実子筋とは異なる系統として扱われます。
「孫韶」の基本情報
総登場回数
14回
活動期間
3巻にわたって登場
初回登場
群星の巻
最終登場
五丈原の巻
最も活躍した巻
出師の巻 (12回登場)
「孫韶」登場回数
合計: 14回
0 3 6 9 12 0 桃園の巻 1 群星の巻 0 草莽の巻 0 臣道の巻 0 孔明の巻 0 赤壁の巻 0 望蜀の巻 0 図南の巻 12 出師の巻 1 五丈原の巻
最終更新日: 約2時間前