沛国

冒頭
沛国(はいこく)とは、後漢の地方行政区画の一つで、地名としては譙郡などを含む地域を指します。吉川英治三国志』では、人物の出身地を示す呼称として現れ、曹操が自ら「沛国譙郡の生れ」と名乗る形で提示されます。
 
概要
作中で沛国は、個別の城や戦場として描かれるよりも、人物の門地や地縁を表す背景情報として機能します。曹操のほか、曹家と縁が深い夏侯惇夏侯淵の兄弟も「沛国譙郡の人」として登場し、曹氏の在地基盤をうかがわせます。
 
歴史
「国」は漢代の行政単位で、郡と並ぶ広域区分として用いられ、内部に「郡」「県」などの地名が併記されることがあります。作中の「沛国譙郡」という言い方は、その階層関係を読者に示す役割も担っています。
 
関連人物
曹操が「沛国譙郡」の出自を明示して登場するほか、夏侯惇夏侯淵も同地の人として軍勢を率いて来着し、さらに名医・華陀も「沛国譙郡の人」と記されます。
 
史実との違い
吉川三国志では、沛国譙郡の位置を現代地名注記を交えて示す表現が見られます。
「沛国」登場回数
合計: 6回
0 0 1 1 2 2 桃園の巻 1 群星の巻 1 草莽の巻 0 臣道の巻 0 孔明の巻 0 赤壁の巻 0 望蜀の巻 0 図南の巻 2 出師の巻 0 五丈原の巻
最終更新日: 約5時間前